(アイ・シー・イー) |
ドイツ新幹線の略称。Inter City Expressの略称。 フランスのTGVと並び、ヨーロッパの二大高速列車として有名であるが、1998年6月3日、200km/hを超える速度で走行中に、先頭の機関車以降の車輌が脱線を起こし、ドイツ最悪の人身事故となる、死者98名を出す大事故を起こした。脱線した先に陸橋の橋桁があり、2輌目以降がそこに激突していった為、死者が増える事になった。 | ||||||||||||||
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まだ新幹線など無い時代に、東海道を疾駆した特急、つばめ・はとなどに用いられていた客車編成。客車・機関車の塗装が、白緑色だったから言う。 最後尾には展望一等車が配され、食堂車でも一流のコース料理が出された。今では、普通電車乗り継ぎでも7時間あれば東京−大阪間を動けるが、当時の特急つばめは所要時間8時間半。まだ東京から浜松までしか電化されていなかったり、様々に事情はあったが、古き良き時代である。それでも、驚くべき速さであったのだから。 | |||||||||||||||
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小説家。大正9年、広島生まれ。平成11年、文化勲章受章。広島県の名誉県民でもある。 東京帝国大学文学部国文学科を繰り上げ卒業し、第2期の海軍予備学生として海軍に入隊。横須賀、漢口 (中国の武漢) などに赴任した後、敗戦を迎えて復員。志賀直哉の門下となる。 戦争体験を元にした戦記文学は、厖大な量の資料に基づく的確な描写で、幅広い読者層に感銘を与えている。代表作に海軍三部作の「山本五十六」「米内光政」「井上成美」、日本海軍の戦艦として唯一浮かんだまま戦後を迎えた長門を描いた「軍艦長門の生涯」、神風特攻隊の哀を描いた「雲の墓標」、原爆により壊滅した広島を舞台とする「春の城」などがある。 一方で、乗り物は何でも大好きであり、昭和33年には鉄道に関係するエッセイを集めた「お早く御乗車願います」を中央公論社から刊行。言うまでもなく、この本の編集は宮脇俊三先生である。 その後も、「仲よし特急」「きかんしゃ やえもん」「南蛮阿房列車」「南蛮阿房第2列車」など、鉄道に関する多くの著書を刊行された。 | |||||||||||||||
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@ 北陸新幹線列車の愛称名。名の由来は、長野県と群馬県の県境、碓氷峠近くに聳える標高2568mの浅間山。 東京・上野−軽井沢・長野間を、東北新幹線 (東京−大宮)、上越新幹線 (大宮−高崎) を経由しながら結ぶ。 A 1997年9月30日、長野新幹線開業まで、上野−長野・直江津間を信越本線経由で結んだ特急の愛称名。碓氷峠で補機のEF63型機関車と協調運転できるシステムを持った489系及び189系で運転された。廃線前10年くらいは、一日実に20往復が走っていた。1997年9月30日、碓氷峠の廃止と共にその名を新幹線に譲った。 | |||||||||||||||
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今日でも、多くの人たちに愛され続けている、旧満州鉄道の特急列車の愛称名。大連から 重量200トンもの大型流線型SLパシナ型が、6輌の客車を牽引するという編成。最高速度は何と120km/h、その高速走行を可能にした機関車の動輪直径は2mで、どちらも世界トップクラス、東洋一だった。 この車輌は全て国産であり、高度に近代化されていて、機関車には自動給炭装置が取り付けられ、客車には空調も付いていたという。 戦況の悪化の為、たった8年間という短い生涯だったが、満州平原を東洋一の高速で駆け抜けた勇姿は、これからもずっと語り継がれる事だろう。 | |||||||||||||||
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スイス人のアプト (Abt) が考案したラックレール式鉄道の一つ。通常の2本のレールの真ん中に、凹凸のあるレール (ラックレール) を敷いて、その凸凹に機関車の車輪に付いた歯車 (ピニオンギア) を噛み合わせる事により、急な坂道でもスリップせずに上り下りできる。アプト式の特徴は、板状のラックレールが複数本ある事。 日本では、我らが碓氷峠で初めて実用化されたが、昭和38年9月29日に廃止され、EF63型機関車による粘着式に変更された。今では、大井川鉄道井川線で、アプト式鉄道に出会う事に出来る。 | |||||||||||||||
(あほうれっしゃ) |
小説家・随筆家である内田百閧フ代表作。鉄道紀行文学の古典と言っても過言ではないだろう。 昭和25年頃、東京−大阪間を特急はとで旅した『特別阿房列車』に始まり、『鹿児島阿房列車』『春光山陽阿房列車』『雪解横手阿房列車』などなど、日本各地への『阿房列車』を運転した。 目的地に行く為に列車に乗るのではなく、列車に乗る事そのものが目的という発想を記した文学は、内田百閧ェ初めてであろう。(→ 南蛮阿房列車) | ||||||||||||||
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山陰本線の久谷−餘部間 (城崎郡香住町) にあるデッキガーダー橋。長さ310.5m、橋脚の高さ41.5m。 アメリカ人、ウルフェルスの設計で、明治44年に完成。因みに、使われている鉄材はアメリカ製で、船でアメリカから運ばれてきたという。橋脚は12本で、真っ赤に塗装されている。 1986年12月26日、風速25m/s程度の強風の中を通過していたお座敷客車「みやび」が、折からの強い北の季節風にあおられ転落、直下にあった蟹の加工場を直撃して、蟹加工場で働いていた従業員6人が死亡するという惨事になった。 客車は回送中であり、乗客は乗っていなくて幸いであったが、全く無関係な人が亡くなった事は余計に残念である。以来、餘部鉄橋は、20m/s以上の強風を観測した際には通行を禁止する事になった。 | |||||||||||||||
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碓氷峠の66.7‰という急勾配を克服する為に製造された電気機関車。 昭和38年、それまで勾配を克服する為に採用されていたアプト式に代わって粘着式が採用された際、それまでのアプト式専用補機だったED42に代わって峠のシェルパを任された。 EF63は、常に重連で使用され、坂道を登る際は編成の最後尾から列車を押し上げ、下る際には編成の一番前で制動をかけて、いつも列車が坂道を暴走せぬように、という役目を担った。 坂道での停電に備えた大容量バッテリー、レールとの摩擦力で制動を得る電磁吸着ブレーキ、碓氷峠を通るどんな車輌とでも電気信号のやり取りができるように設けられた6種類ものジャンパー連結器、密着連結器・密着自動連結器の双方と連結できる双頭式連結器など、他の車輌には見られない様々な仕組みが備わっている。 | |||||||||||||||
| → 情報処理装置 参照。 | |||||||||||||||
(イー・でん) | 国鉄がJR化された後も走り続ける国鉄製造の電車への呼び名 (…らしい)。意気込んで付けられた名前らしいのだが、あまりに誰も使わないので、はっきり言って碓氷峠の夏は、この項目を書こうとするまで知らなかった。 | ||||||||||||||
| JR東日本が開発した、いわゆるぶち込みカード (券売機で切符を買う必要が無いカードの事) で、首都圏一円で使用可能。Suicaの導入後は、そちらに重点が置かれ始めたが、当分は使われ続ける見通しであり、イベントや新型車輌導入記念などの際には、その柄のカードが発売されるなど、勢力は衰えていないように見えたが、2005年4月で発売が中止される事に決まった。 | |||||||||||||||
(イコカ) |
JR西日本が2003年11月1日から導入した、新型の電波探知式自動改札システム。開発元はSuicaと同じSONY。電波探知式自動改札システムの導入は、JR東日本の『Suica』に次いで二番目。 ICOCAは、IC Operating CArd (直訳すると、IC制御のカード) の略称で、キャッチフレーズは「ICOCAで行こか!」。 イメージガールは、「列車で行く夏、帰る夏」や「TRICK旅行版」でもお馴染みの仲間由紀恵。Suicaのイメージガールが国仲涼子だったから、電波探知式自動改札と沖縄人 (これで「うちなーんちゅ」と読みましょう) は縁があるのだろうか? また、その仲間由紀恵に対して、関西弁をレクチャーしているのはイコカモノハシ。 将来的には、スルッとKANSAI加盟の私鉄等が採用するPiTaPaとも相互使用が可能になる見通し。またさらに将来的には、Suicaとの相互利用化も計画されている。 | ||||||||||||||
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益田−小倉を結ぶ特急の愛称名。 長らく181系ディーゼルカーが米子−小倉間を結んでいたが、187系新型ディーゼルカーの登場で、山陰本線を走るディーゼルカーの走行性能が上がった為もあり、2001年から運行区間が短縮され、2005年2月28日に廃止。 | |||||||||||||||
| 直流電流を交流に変換する装置。これによって、架線から取り入れた直流電流を、交流電流に変化させる際、周波数などを制御してモーターに流すのがインバーター電車。エネルギーのロスを少なくできるので、省エネルギー電車として日本各地で活躍している。 | |||||||||||||||
| 『後方かぶりつき』の略。つまり、車掌室に面した窓から車掌室を通して、後方に流れ去る景色を眺める事。見ている人は、後方を食い入るように見ているところからこの名がある。対義語は前かぶ。 | |||||||||||||||
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岡山県宇野港と、香川県高松港を結ぶ連絡船。瀬戸大橋が開通するまでは言うまでもなく、今でも、瀬戸大橋の高い通行料金のおかげで、宇高国道フェリー、四国フェリー、本四フェリーの3社が、オールナイト運行で車両の輸送に当たっている。因みに3社共乗用車の航送料金は、瀬戸大橋より遥かに安い\3300となっている。 3社共が約30分間隔で運行している為、夜でも、実に10分前後の間隔でフェリーが運航している事になる。 瀬戸大橋が開通した時、『さよなら宇高連絡船』のセレモニーが行われたが、実は今でも、宇高連絡船は健在である。皆さんも四国へ行く際は、爽やかな海風を受けながら、1時間の船旅を楽しんでみてはいかがだろうか。 | |||||||||||||||
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長野県北佐久郡軽井沢町矢ヶ崎と、群馬県碓氷郡松井田町横川の間に横たわる、標高956m(旧道に沿う峠は1200m) の峠。中山道の険所として古くから知られた。899年、横川に碓氷関 (うすいのせき) が置かれ、江戸時代には箱根関と並ぶ五街道の要衝となった。 1893年4月1日、それまでの碓氷馬車鉄道に代わって、日本で初めてアプト式を採用し鉄道が敷設された。『めがねばし』や丸山変電所跡などは、このアプト時代の遺構である。 1963年9月30日からは、アプト式を廃止し、専用補機EF63型機関車の重連を連結した粘着運転による運転が始まったが、1997年9月30日、翌日から長野新幹線が開業するのに伴って、信越本線横川−軽井沢間は廃止され、104年の歴史に幕を下ろした。 尚、一般に、『碓氷峠旧線』という表現は、アプト時代に使われていた路線を指し、同じく『新線』という表現は、新幹線ではなく、EF63型機関車が活躍した時代の路線を指す。 | |||||||||||||||
| 赤や橙色に塗った細長い板が水平か45°下がっているかで停止か進行かを現示する信号機、近年急速に姿を消しつつある。 | |||||||||||||||
蒸気機関車館 |
京都駅のすぐ西側にある、数多くの蒸気機関車が静態保存または動態保存された博物館。 博物館とは言っても、昔の機関区跡地をそのまま使っているので、広大な敷地に、ターンテーブルあり、扇形機関庫あり、実際に汽車が牽く列車に乗れる線路など、素晴らしい設備である。 中でも、動態保存されているC62-2型機関車は、スワローエンジェル (その昔、お召し用機関車として活躍していた頃に、その証としてデフに入れられた燕のマーク) の紋章が入った、由緒正しき機関車で、各地へも遠征したり、客車にファンを満載して力強く敷地内を牽引したりと、現役さながらの活躍をしている。 | ||||||||||||||
(エイチオー・ゲージ) |
縮尺が80〜87分の1の鉄道模型の事。線路幅は16.5mm。 一昔前は、鉄道模型と言えばHOゲージを指したが、最近では主役の座をNゲージに取って代わられつつある。しかし、車輌を手に取った時の重量感はHOゲージでしか味わえないと、ファンが減る事はないようである。 | ||||||||||||||
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列車が荷物や人員の積み卸しを行う為に停車する為の場所。 ヤードや駅舎を持ち、列車の対向や入れ換えなどが行えるようになっている。 | |||||||||||||||
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読んで字の如し、駅で宿泊する事。基本的に無賃で宿泊できるが、雨露がしのげるだけと考えておくべきであり、トイレが使用できない場合や、水道さえない場合もある。 有人駅では最終電車が発車してしまうと、原則として駅舎は施錠されるが、無人駅ならその心配もない。 作りつけの長椅子がある場合も多いので、そこで寝袋にくるまって寝る人が多いよう。 但し、公共の施設で寝ているのだから「最終列車が出るまで寝ない」「駅舎内で火は使わない」「始発列車が入るまでには去る」「ゴミはきちんと片付ける」などは最低限の守るべき事項であろう。 最近は、趣味として駅寝をする人も多いが、碓氷峠の夏の場合は、金が無かったり宿を取るのが面倒だったりして、駅寝をする場合が殆ど。その場合、自身の経験から言えば、水と食料の確保は勿論の事、夏場は虫除けスプレー、冬場は充分な防寒具やカイロなど、また、無人駅での駅寝の場合は消灯されてしまう事もあるので、懐中電灯やランタンなども持っていた方が良い。 | |||||||||||||||
| → 静止インバータ 参照。 | |||||||||||||||
(エヌ・ゲージ) |
縮尺が140〜160分の1の鉄道模型の事。線路幅の規格が9 (Nine) mmである事から、その頭文字を取ってNゲージと呼ぶ。 土地事情の厳しい日本では、手軽に楽しめる鉄道模型として最も広まっている。 | ||||||||||||||
| Station Bivouac (ステーション・ビバーク) の略称。駅寝の項を参照。 | |||||||||||||||
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江ノ島電鉄の略称。JR横須賀線の鎌倉駅から江ノ島を経由してJR東海道本線の藤沢駅までの10.0kmを結ぶ。 途中には鎌倉時代の史跡社寺も数多く遺っており、特に有名なものに長谷駅下車の鎌倉大仏がある。 また、江ノ島や腰越、七里ヶ浜は海水浴・サーフィンのメッカであり、夏には観光客で混雑する。 因みに、碓氷峠の夏が選ぶ途中下車お勧め駅ベスト3は、1.腰越、2.鎌倉高校前、3.稲村ヶ崎。 | |||||||||||||||
(エフ・カード) | 福岡市営交通局の、地下鉄線内のみで使えるぶち込みカード。1000円券で1100円分使えるなど、お得である。 | ||||||||||||||
(エル・アール・ティー) |
Light Rail Transitの略で、言ってみれば、新世代型超低床式路面電車の事。 日本では、モータリゼーション化の波に飲まれていった路面電車だが、欧米では、都市の交通の中核を担う、「街にやさしい」乗り物として、見事な復活を遂げている。 日本では、熊本市電・広島市電が導入しており、ホームと殆ど段差のない車体が、お年寄りや体の不自由な方、また、子供連れなどを中心に、幅広く支持されている。 LRTは、エネルギー効率や騒音の面では、自動車とは比べものにならぬほど優れており、バスや通常の路面電車よりもさらに上である。当然ながら排気ガスも出さないし、素晴らしい交通機関なのである。勿論、レールと架線の敷設という工事が必要で、都市計画に基づいた建設が条件だが、現在の車社会が生み出している問題を、一掃してくれる交通機関であると言える。 | ||||||||||||||
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東京から大垣を結ぶ夜行快速列車。東京−名古屋間の夜行バスに対抗して運行されはじめた。 初期はセミクロスシートの普通列車165系が使われていたが、現在では特急『ふじかわ』『伊那路』などにも使用されるリクライニング付きクロスシートの373系が使われ、非常に人気の高い列車となっている。 常時走るのは全席指定で373系使用の『ムーンライトながら』だが、青春18きっぷ使用可能期間中は485系特急型電車により『ムーンライト91・92号』も運行されている (双方、殆どの区間で全席指定)。 両者ともシーズン中は非常な混雑となるので、乗車には覚悟が必要である (特に、座席で眠るのに慣れていない方、人混みに酔う方、お年を召された方)。 尚、2003年夏から、全車自由席車輌の大垣夜行は姿を消した。 | |||||||||||||||
(荻野屋) |
知る人ぞ知る、日本一有名な駅弁、「峠の釜めし」の発売・調製元。碓氷峠にまだ鉄道ありし頃、碓氷峠を挟んだ横川・軽井沢の両駅では、碓氷峠専用補機EF63を連結・切離する為に、数分間の停車時間があった。そこで、この時間を利用した、ホームの立ち売りの「峠の釜めし」が飛ぶように売れた。 横川の駅前には今でも店舗があり、あの頃と変わらぬ味を再び味わう事が出来る。 | ||||||||||||||
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京阪電鉄のイメージガール…いや、もはや、それ以上の何かかも知れない。今まで、鉄道会社のマスコットガールが、ここまで有名になった例は、まず無いだろう。 「京阪のる人、おけいはん」のキャッチフレーズで、一躍有名になった。おけいはんとは、初代が女優の水野麗奈さん演じる「淀屋 けい子 (22歳、OL)」のニックネーム。しかも名付け親は、通称「おとうはん」の「淀屋 橋の助」。母親は「淀屋 京子」、妹は「淀屋 みや子」と、ちゃんとおけいはんファミリーまで出来ているのだ。 おけいはんのファンは「おけいファン」、京阪電鉄の社債は「おけいはんボンド」、ホームページは「おけいはんねっと」と、もはやおけいはんの進出領域は留まるところを知らない。 2003年9月より、2代目のおけいはんが活躍中。今度は「京橋 けい子 (24歳、教師)」、ひらかたパーク学園中学校2年3組担任の体育教師という設定。 | |||||||||||||||
| 急なカーブや鉄橋など、列車が転覆する可能性のある場所または転覆すると非常に危険な場所に設置する、脱輪防止用のレール。普通の2本のレールのすぐ内側にそれぞれ設置し、片輪が脱輪しても、もう一方の車輪のフランジがレールから外れるのを防ぐ。 | |||||||||||||||
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@ ギリシア神話で、エチオピアの王さんであるケフェウスの嫁さん。「あたしキレイやろ?」とか、自慢しすぎて、海の神さんポセイドンに怒られまくり、北の空に星座として飛ばされた。 う〜〜〜ん、碓氷峠の夏が書くと、何でギリシア神話がこんな低俗に聞こえるのだろう?そんな訳で、北天で北極星を中心に、北斗七星と向かい合っている星座。美しいW型を描いており、また、明るい星ばかりで構成されているので、たいていの場所から見える。 A 上野−札幌間を結ぶ夜行寝台特急の愛称名。日本初の、オール2階建て、オール2人用A個室寝台客車で、1999年7月16日にデビューした。 完全な『旅を楽しむ』タイプの列車で、ビジネスマンの出張などでの利用は全く視野に入れていない。12輌編成で、88室、定員は176人。最後尾には、トワイライトエクスプレス同様の展望個室がある。フランス料理のフルコース (トワイライトより安い) を出す食堂車や、モーニングコーヒーのサービスもあるラウンジなども連結していて、旅を満喫するのには事欠かない。 最高級の部屋であるカシオペアスイートは一室¥50980也。次に豪華なカシオペアデラックスは¥34360也。勿論部屋代のみのお値段であり、運賃・特急料金は別である。 | |||||||||||||||
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電車または電気機関車の原動力となる、電気を流しておく電線。普通鉄道では、レールの上空数bにあり、列車はパンタグラフを使って集電する場合がほとんど。 水平に、しかもある程度の張力を持たせて張っておくのは、なかなか大変な事である。 | |||||||||||||||
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明治時代から昭和の初期にかけて、「おらが村にも鉄道を」という要望が高まっていた時期に、それを利用して票を稼ごうとした代議士の『先生』方によって鉄道がねじ曲げられた事を言う。 最も顕著な例は大船渡線で、線路は一ノ関から真っ直ぐには太平洋岸を目指さず、一旦猊鼻渓の方に迂回をしてから気仙沼に出る (←ナベヅル線)。 また、平民宰相こと原敬の地元に敷かれた山田線もしかりで、当時の国会の答弁では「こんな山中に鉄道を敷いて、総理はサルでも乗せるおつもりか?」という批判の声まで挙がったという。 | |||||||||||||||
| 車掌室のある客車または貨車。最近、急速に減少しつつある。 | |||||||||||||||
ガイドウェイ |
超伝導リニアのガイドウェイ方式の一つ。断面が逆T字型に見えるのでこの名がある。 ガイドウェイの中央に高さ1m弱の中央壁があり、その両側に推進用コイル、道床面には浮上用コイルを配している。 日本では国立の鉄道技術研究所や宮崎実験線で採用された。尚、山梨実験線ではU字型ガイドウェイが採用されている。 | ||||||||||||||
(がわゆき) |
線路に降った雪はラッセル車や列車のスノープローにより、線路上は除雪されるが、両側にはだんだんと雪の壁ができていく。この壁を指す業界用語。 側雪は一定以上の高さになると、ラッセル車による除雪では、雪がまた線路内に崩れてきてしまう。ロータリー除雪車ならば、側雪を線路外の比較的遠い所へ飛ばす事が出来るが、線路の側に住居があったりすると雪を線路外に飛ばせない箇所もあり、そういった場所ではスプリンクラーやパネル融雪装置が活躍する。 | ||||||||||||||
| 踏切の装置などの機器が入っている箱。 | |||||||||||||||
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主にJRの在来線などが使用しているレールの幅で、1067mm。その上に、車体幅3m近い車輌が乗っかる訳だから、ちょっと怖い気がしないでもない。 いわゆる陸蒸気が新橋−横浜に開通した際に、イギリスから技師として来日していた、非常にいい加減な人物の一断によって決まったもので、『日本は平坦な土地が少なく、広軌では用地獲得が難しいだろう』というのが狭軌採用の理由だが、直後、かの岩倉具視が、彼の手記に『狭軌採用は日本の鉄道において最大の愚断』というような言葉を記している。 | |||||||||||||||
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電車と電気機関車、電車と気動車など、種類の異なる車輌が、共に駆動して運転される事 (通常なら、種類が異なる車輌が連結される時は、どちらかのモーターをニュートラルにして、もう一方の動力のみで推進する)。 運転は、1人の運転士により行われる。 最も有名な例が、我らが碓氷峠で、EF63型機関車が、EF62型機関車や489系、189系、169系電車などと行っていた。たとえEF63型機関車が進行方向後側に連結された時でも、運転はEF63型機関車の運転士により行われ、先頭の運転士は、EF63の運転士に、信号などの情報を列車無線で送っていた。 | |||||||||||||||
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線路沿いに立っている標識で、塗色は白地に黒文字で数字が書かれている。 この標識の立っている場所が、その路線の起点から何kmの位置にあるのかを示す。 当然ながら、書かれている数字は起点からの距離を表す。 高さ70〜80cm程度である。 | |||||||||||||||
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東京駅にある待合い場所。以前は八重洲口にあったが、1994年8月に、地下中央通路に移転した。 有名な場所であっただけに、当初は非常に混乱があったそうで、今でも東京駅には至る所に『←銀の鈴』というような看板・貼り紙がされている。10年近く経った今でも、大型時刻表の「主な駅の案内」地図に、未だ銀の鈴が場所移動したと紹介されているほどである。 | |||||||||||||||
(くまのだいら) |
碓氷峠の、横川と軽井沢の中間辺りに位置するレベル区間。アプト時代には信号所兼の駅が置かれていた。新線時代は変電所として駅跡地が使用されており、現在でも変電所の建物が残る。 昭和25年6月9日、発生した土砂崩れに鉄道職員やその家族50人が巻き込まれて死亡した。構内にはその殉難碑と、「碓日嶺鉄道碑 (碓氷峠鉄道開通記念碑)」が立つ。現在は立入が禁止されているが、再び一般公開される日を待ちたい。 その名の通り、昔はよく熊が出たそうな。 | ||||||||||||||
| →シート参照 | |||||||||||||||
| 通常の定期は、有効期間初日の7日前からしか買う事はできないが、同じ区間で、定期を継続する場合のみ継続定期券が発行でき、有効期間初日の14日前から購入することが出来る。通常の定期と、料金や効力などに違いはない。 | |||||||||||||||
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線路幅の事。 世界で標準となっているのは1435mmの線路幅で、これを標準軌と呼ぶ。また、それより広い線路幅を広軌、狭い線路幅を狭軌と呼ぶ。 JRの在来線をはじめ、日本で最も多く使用されているのは狭軌の1067mm。他にも、1435mm、1372mm、762mm、610mmなどのゲージがある。 | |||||||||||||||
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一般には、普通の鉄道より小さい規格の鉄道を言う。普通鉄道の線路幅が約1m (正確には1067mm) またはそれ以上 (1435mm) であるのに対し、それ以下のものを軽便鉄道と呼ぶ事が多い。 一昔前は、山から切り出した木材を運ぶ軽便鉄道が、日本各地に見られたが、林業が廃れるのと運命を共にし、現在では、昔走っていた汽車などを、観光用に復活させたものしか残っていない。 しかし、三重県を走る三岐鉄道北勢線 (元の近鉄北勢線) は、軌間実に762mmであり、軽便鉄道の軌間の狭さを今に伝える、貴重な存在になっている。他にも、高知県馬路村には、復元森林鉄道という、観光軽便トロッコ (軌間762mm、線路長408m) や、黒部ダム建設の資材運搬専用鉄道から観光用に転身した黒部峡谷鉄道 (軌間762mm、線路長20.1km)、また、未だに現役の工事用トロッコとして活躍している立山砂防工事専用軌道 (軌間610mm、線路長18km) などがある。 特に、立山のトロッコは、普段は一般客は乗れないが、線路にはインクラインや18段もの連続スイッチバックなど、世界的に見ても珍しい山岳鉄道要素が非常に多く、まさに軽便鉄道といった感じである。 | |||||||||||||||
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標準軌である1435mmよりも広い線路幅。 アメリカやロシア、スペインなどの国々では殆どの路線が広軌で建設されており、同条件での列車の安定性は狭軌の比ではないが、線路幅が広い分、設備にもカネがかかる事は否めない。(→狭軌) | |||||||||||||||
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線路横に設けられる標識の一つで、そこから先の線路の勾配を、‰ (パーミル。1/1000を表す) 単位で表示する。 勾配の大きさが変わる地点には必ず建てられており、例えば、そこから先の区間の勾配が66.7‰ (水平距離1000mにつき66.7m上るまたは下る勾配の事) であれば、勾配標には66.7という数値が記され、そこからさきがレベル区間であれば、レベルの頭文字Lが記される。 | |||||||||||||||
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@ 大阪−東京間を7時間以下で結び、日帰りを可能にした電車特急の愛称名。空気バネ、二重窓、冷暖房完備、食堂車にはビュフェを採用した、近代的な151系ボンネット型特急で運行された。 パーラーカーと呼ばれたグリーン車の一人用座席は、リクライニングができる事はもちろん、回転も可能で電話を設けた席もあり、現在から考えても非常に豪華である。 昭和39年の東海道新幹線開業まで、東海道の超特急として走り続けた。 A 東海道新幹線の開業から現在まで走り続ける、東海道山陽新幹線の各駅停車列車。 | |||||||||||||||
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鉄筋コンクリート製の道床に、直接枕木を埋め込んだ軌道。 バラスト道床に比べ保線の手間が少なくて済むが、騒音が大きく、高価であるという欠点もあり、地下線内やトンネル内など、保線が大変な場所に使われている。 | |||||||||||||||
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東京都の恵比寿から、埼玉県の大宮を結ぶ路線。愛称名であり、正式な路線名ではない。 正式には、恵比寿から池袋までが山手線、池袋から赤羽までが赤羽線、赤羽から大宮までが東北本線である。現在では、湘南新宿ラインの一部と化してしまっているが、呼び名は未だに健在である。 | |||||||||||||||
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札幌市電と函館市電で使用されている、路面電車の雪かき車。 ササラとは、細く裂いた竹を、ロータリーブラシのように円筒形に束ねたものであり、これを車輌前面に付けて、回転させて雪をかきながら進む。ロータリー除雪車の元祖といった風情。 | |||||||||||||||
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サイドボードの略称。 列車の側面に掲げる、行き先や種別 (特急・急行など) を書いた板の事。 巻き取り式や電光掲示式のものはサボとは言わない。あくまでも『ボード』のものを言う。 また、普通は『横サボ』という呼び名が定着している。 | |||||||||||||||
エクスプレス |
JR西日本とJR東海が、共同で開発した寝台電車。全車二階建てで、最高時速は120km/hと、従来の電気機関車が牽く、寝台客車より高性能となった。 現在は東京−高松間のサンライズ瀬戸と、東京−出雲市間のサンライズ出雲に定期運用されており、臨時で東京−下関 (広島) 間のサンライズゆめなどにも使用される。 ビジネス客の獲得を目指して開発されたので、2人用A寝台などは無いが、¥510の指定料金のみ (この列車は特急なので、当然特急料金・運賃が他に必要です) で横になれる『ノビノビ座席』など、新しいコンセプトで作られた部分満載である。 山陽方面への最終新幹線が出た後に東京を出、早朝に目的地に着くので、利用者は結構多いようである。 | ||||||||||||||
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Central Traffic Controlの略。列車集中制御装置。 ある路線に存在する全てのポイントや信号機等の設備を、CTCセンターと呼ばれる場所で一括して遠隔操作できるようにしたシステムの事。JRは無論、多くの大手私鉄も、幹線を中心にこの方式を採用している。 CTCセンターには壁一面に設けられた表示板に、管轄する路線の全ポイント・信号・列車の位置や進行方向といったデータがリアルタイムで表示され、職員たちがそれを見ながら各列車に指示を与え、信号やポイントを切り替える。 新幹線は全区間に於いてCTCシステムを採用しており、例えば東海道山陽新幹線なら、東京から博多までの実に1069.1kmに及ぶ区間を、東京のCTCセンターで一括して管理している。 | |||||||||||||||
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座席の事。座席の並べ方により、名前も数パターンあるので紹介する。 ロングシート : 長イスを、人が進行方向に対して垂直方向に座るように向け設置したもの。多くは6人掛け以上の長いシートが配されるため、この名がある。しかし、最近の6ドア車では、ドアの間に2人掛けくらいのシートしかなく、立ち席がほとんどというロングシート配置も出て来ている。 クロスシート : 2人掛けまたは3人掛けなどのシートを、人が進行方向に対して真っ直ぐ座るように向けて設置したもの。特急や急行用列車に多い。 ボックスシート : クロスシートの普通車バージョンとでも言うべきシート。2人掛けシートが背中合わせにくっついたものが、クロスシートの要領で配置されており、4人で1ボックス、つまり2人と2人で向き合うように配置されている事からこの名がある。普通列車用車輌または、電車寝台車583系などに見られる。新型車には全く導入されていないので、このままいくとボックスシートは絶滅の道を辿るかも知れない。 転換式シート : クロスシートで、座席の向きを変えられるもの。シート全体が180°回転して向きが変わるものと、背もたれだけが動いて簡単に向きを変えられる簡易式転換シートがある。関西圏で例を挙げるなら、新幹線車輌やJRの特急はるか、オーシャンアロー、くろしおは転換式クロスシート、JRの新快速223系や京阪特急8000系、阪急7300系などは簡易式転換クロスシートである。 セミクロスシート : 1つの車内に、ロングシートとクロスシートが混在しているシート配置。新型のローカル線用ディーゼルカーや、都市圏用ではない普通列車用車輌に見る事が出来る。 | |||||||||||||||
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宇高連絡船の一。昭和30年5月11日、僚船である第三宇高丸と衝突して高松港沖に沈没した。 死者は168名、その多くが修学旅行などの小学生であり、しかも洞爺丸事故のたった8ヶ月後だっただけに、国鉄への非難は高まり、時の総裁である長崎惣之助はこの2日後に引責辞任した。 浅海域に沈没したので、その後紫雲丸は引き揚げられ改装されたが、『紫雲』丸は『死運』丸だという噂が立ち、船名は瀬戸丸に改められた。 その後は、海難事故に遭う事もなく、天寿を全うしたという。 因みに紫雲丸事故は、賛否両論のあった瀬戸大橋建設実現への気運を高めた事件として位置づけられている。 | |||||||||||||||
(ジェイ・スルー) |
JR西日本が、事実上、スルッとKANSAIに対抗して作ったカード式乗車券。スルッとKANSAIに対抗したが為に私鉄会社では一切使えなかったので、劣勢に見えていたが、2001年に近鉄が参入し、また、使用可能なエリアもかなり広がってきた事もあり、今では関西圏の2強カードのひとつとなっている。 近鉄の姿勢には頭が下がるばかりだが、関東圏のパスネットとイオカードのように、2種類を使い分けていく必要がある。 | ||||||||||||||
(ジェイ・ティー・ビー) |
日本最大手の旅行代理店。Japan Travel Bureau (ジャパン・トラベル・ビューロー) の略である。旧名は日本交通公社。 出版されている「JTB時刻表」は、弘済出版社の発行するJR時刻表と並んで、日本で最も信用されており、また、歴史のある時刻表である。HP (http://www.rurubu.com) も、旅の完全サイトとして有名である。 本社は品川区の天王洲アイル付近にあり、東京モノレールからは、ビルを望む事が出来る。 有名な出版物には、他に、るるぶシリーズ、マイロネBOOKSなどがある (碓氷峠の夏も載ってるのでちょっと宣伝)。 | ||||||||||||||
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阪神電鉄が誇る、日本一の高加速度電車。つまり、短い距離で一気に加速する事が出来る訳だ。 1977年に初代ジェットカーが登場し、駅間が短いのに、比較的駅間が長い国鉄と、真っ向から競争しなければならないという厳しい問題を打ち砕いた。1995年には、減速性能・加速性能共に日本一の、2代目ジェットカーが誕生し、JRとの併走区間でも、奮闘を繰り広げている。 因みに、その加速度は4.0km/h/sであり、普通車輌の2.5〜3.5km/h/sを圧倒している。 | |||||||||||||||
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北海道は旭川の約20km北、宗谷本線塩狩−和寒間に横たわる峠。 三浦綾子の小説「塩狩峠」の舞台として有名。近くに塩狩温泉がある。 | |||||||||||||||
| 略称、PRC(Programmed Route Control)。 EDP(情報処理装置)が作成した運転計画の情報と、各列車の位置を判断し、CTCを介して列車毎の進路を自動的に制御する装置の事。 | |||||||||||||||
| TID(列車運転状況表示装置から送られた情報を元にして、各駅のホームに列車の種別や愛称名、行先、両数・停車駅、遅延時間などの自動放送を行う装置。 | |||||||||||||||
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言ってみれば、手動式電気連結器。車輌間を互いにこの連結器でつなぎ、様々な電気信号の授受を行う。コネクター式で、片方は連結器、もう片方はジャンパ受けと呼ばれる装置になっている。 普通なら、同じ形式の電車同士でしか連結し合わないので、ジャンパー連結器は一種類しか持っていないが、碓氷峠のシェルパ、EF63型機関車は、様々な列車と連結する必要があった為、ジャンパー連結器2つ、ジャンパー受け6つを持っていた。 | |||||||||||||||
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エミール・シュトループ (Emile Strub) が考案したラックレール方式の鉄道。逆T字型のレールの上面に凹凸を付けたラックレールを1本用いる、非常に単純な造りであるが、構造が簡単な分、大きな荷重には耐えられない。 ヨーロッパの鉄道最高地点であるユングフラウヨッホと麓のクライネ・シャイデックを結ぶユングフラウ鉄道などに採用されている。 | |||||||||||||||
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いわゆる蒸機で、SLは、Steam Locomotiveの略称である。 イギリスのジェームス・ワットが19世紀に発明して以来、世界中に伝わった。 何と言っても機関車の王様であり、煙を吐いて長大な列車を牽いてゆく姿には、きっと誰もが一度は「格好いい」と感じた事があるだろう。 石炭を燃料に、水を沸騰させて蒸気を発生させ、その蒸気をピストンに送り込んで動輪を動かす。 16個もの動輪を持つ、アメリカは 日本でも、全て臨時列車としての扱いであるが、大井川鉄道のC56「かわね路号」、秩父鉄道のD51「パレオエクスプレス」、真岡鉄道のC11・C12「SLもおか号」、JR北海道のC11「SLニセコ号」「すずらん号」「SLふらの・びえい号」「SLノロッコ号」、JR九州の9620型「あそBOY」、JR東日本のC57「SLばんえつ物語号」、そして大御所、JR西日本の貴婦人ことC57初号機が牽く「SLやまぐち号」など、多くの機関車が復活を遂げ、各地でその勇ましく、時には美しい姿を見せてくれている。 また、京都駅に程近い梅小路蒸気機関車館では、休日などに敷地内で蒸機の牽引するイベント列車が運行されるなどの催しも行われている。 尚、蒸気機関車の記号の意味については、こちらを参照の事。 | |||||||||||||||
| ある列車の、実際の乗車人数を定員で割り、100をかけたもの。例えば、定員100人の車輌に客が80人乗っていたとすると、乗車率は80%という事になる。 | |||||||||||||||
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埼玉県の大宮から、神奈川県の大船を結ぶ路線の愛称名。大崎 (山手線)−西大井 (横須賀線) 間の短絡線完成で、大宮と大船が乗り換え無しで結ばれた際に命名された。 正式には、大宮から赤羽が東北本線、赤羽から池袋までが赤羽線、池袋から大崎までが山手線、西大井から新子安までが横須賀線、新子安から横浜までが東海道本線、横浜から大船が根岸線である。経由する線区の数が多すぎて、説明するのにも一苦労だ。 | |||||||||||||||
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略称、EDP(Electronic Data Processing Computer)。 列車の運転時刻や番線、保守用列車などを入力すると、日々の運転計画を自動的に作成し、ダイヤを作成する装置。また、運転実績や統計処理にも使用される。 | |||||||||||||||
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痴漢被害の抑止を主な目的として、現在ではかなり全国的に広まったシステム。まぁ、国の指導でやむなくやっている会社が殆ど、というのが現状であるが。 女性の方にとっては、痴漢の被害からほぼ逃れる事が出来る為、好評を博している場合が多いが、男性専用車輌ができない限り、男性が痴漢の犯人として無実の罪を着せられるという事件は無くならない。ただ、男性専用車輌というのは、あまり乗りたい気がしないが。 | |||||||||||||||
ポイント |
基本的な仕組みは、ダブルスリップポイントと同じだが、ダブルスリップが、『X』という文字をクロッシングに喩えて、左下からクロッシングに入っても、右下からクロッシングに入っても、どちらの場合も右上・左上のどちらにでも行けるのに対し、シングルスリップは、左下から入線した場合に右上・左上のどちらにでも行ける場合、右下から入線した場合は、左上にしか行けないようなポイントである。 文字で伝えるのは非常に難しいので、よく分からない方は、図の入った本を読んでみましょう。 | ||||||||||||||
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開放式寝台と個室寝台に大別される。 開放式寝台は、廊下と寝台の間に全く壁などが無く、寝台と外界の仕切はカーテン一枚というもの。¥6300で利用できるが、女性や子供はやめた方が良いかも知れない。 個室寝台は、廊下と寝台との間に、少なくとも壁一枚以上の仕切がある寝台を言う。中でも、壁はあるけどドアにはロックや鍵も無くて、ほぼ開放式寝台というものは、簡易式コンパートメントと呼ばれる。 個室寝台には非常に多くの種類があり、一般に2人用では、スイート、デラックス、ツインの順に豪華で、1人用では、ロイヤル、デラックス、ソロの順である。最近は、これ以外の名称もかなり増えた。 | |||||||||||||||
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旧・小郡駅の新しい駅名。2003年10月1日の東海道山陽新幹線ダイヤ白紙改正を機に変更された。 観光客を誘致する為、山口県にある事や、県庁所在地だが新幹線が通っていない山口市に近い事を分かり易くしようとしているのだと思われるが、由緒ある駅名がこんな理由で消えてしまうのは嘆かわしい。 | |||||||||||||||
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スイートルーム (suite room) の略で、和製英語。 寝室や居間、浴室、手洗いなどが揃った続き部屋の事で、列車ではトワイライトエクスプレスやカシオペア、夢空間などにスイートルームのある客車が連結されている。 スイートルーム個室は基本的に2名用で部屋代は\50980。夢空間ではこれがスーペリアツインの料金にあたり、最高級のエクセレントスイートは、これよりまだ高い。 | |||||||||||||||
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読み方はそのまんま、スイカである。2001年の11月18日、イメージガールを国仲涼子として(^o^)、JR東日本が世界で初めて実用化した、電波探知式自動改札システムで、首都圏周辺の殆どの駅に装備された。 Suicaは、Super Urban Intelligent Card (直訳すると、すんごい都会的な賢いカード) の略称。 タッチ・アンド・ゴーという合い言葉が示す通り、従来の自動改札機のように切符・定期等を改札機に通すのではなく、ただ券面を機械に触れさせるだけなので、定期ケースに入れたままでも改札が可能であり、定期券を出したり入れたりする面倒が無くなった。 これは、以前にグッたいむに載ったネタだが (投稿者は碓氷峠の夏ではありません)、昔は改札には、切符にハサミを入れるパチンパチンという音が響いていたが、自動改札になってその音は聞けなくなった。しかしまた今、首都圏では改札に、Suicaを探知した際に機械から鳴る、『ピピッ』という電子音が響くようになった、と。 これには、ただ定期入れから出す手間が省けるという利用者側の利点以外に、いちいち切符に穴を空けずに済むという会社側の利点もある。切符を改札機に入れるとパンチ穴が空くが、例えば新宿駅では、Suica導入以前、一台の自動改札機がパンチ穴を空ける回数は一日平均約3万回 (!) であった為、パンチの切れ味は3日もすれば落ち、交換の必要があったのだという。 電波探知式ならパンチ穴を空ける必要もなく、消耗品代の削減になるという理由もあるのである。 | |||||||||||||||
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鉄道の急坂登降方法の一種。 鉄道はある程度以上急な坂を上れないため、斜面にジグザグに線路を敷き、進行方向を途中で変えながら坂道を上り下りする。その為、運転士や車掌はスイッチバックの度に運転室・車掌室を入れ替わるのが一般的。 日本では、箱根登山鉄道のスイッチバックが最も有名。麓の箱根湯本から、層雲峡への入口、強羅までの間に3箇所のスイッチバックがある。また、他には立山砂防工事専用軌道の18段スイッチバック、JR | |||||||||||||||
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散水機の事。 鉄道では大雪の降る地方で、ポイントなど、凍結すると運行に支障のある部分に散水し、雪や氷を溶かす為に使われている。 通常、散水する水には地下水を用いる。これは、地表にある水に比べて地下水は地熱によって温められており、温度が高い為である。しかし、地下水の過剰な汲み上げは地盤沈下をもたらすので、最近では川の水をボイラーで適度に加熱して散水する場合もあるようだ。 | |||||||||||||||
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ここで言うスラブとは、鉄筋コンクリートの平板の事で、決してロシア民族の事ではない。 スラブと呼ばれる鉄筋コンクリートの平板上に、直接レールを敷いた軌道の事。 高架線内や新幹線などで多く用いられている。 コンクリート道床同様、基盤が鉄筋コンクリートなので保線に手間が掛からないが、やはり騒音が大きいという欠点がある。最近では、レールと枕木の間に軌道パッドと呼ばれるゴム製の板を挟み、騒音や振動を緩和している。(→道床) | |||||||||||||||
| 近畿地方2府4県の私鉄会社の、殆どの路線で使用が可能なカード式乗車券。 京阪、近鉄、阪急、阪神、大阪市営交通局、京都市交通局、南海、神戸市交通局、山陽電鉄、神戸電鉄などの殆どの路線で使用可能であり、一部のバスでも使用できる。 碓氷峠の夏も、非常によく利用するカードであり、コレクションとしては使用済みカードを、積んだ厚さ8cm以上の量持っている。 京阪が発行する「スルッとKANSAI つまりは、Lagare CARDで京阪や南海に乗る事も可能だという事である。 | |||||||||||||||
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青森県津軽半島の竜飛岬 (今別町) と、北海道渡島半島の白神岬の少し東側 (知内町) を結ぶ、全長53854mの、世界一長い海底トンネルの名称。青函の名は、本州側の青森と北海道側の函館を結ぶ事から付いた。 掘削した土砂の体積は663万立方メートル (10tダンプに98万台分、しかもこれは青函トンネルのみでの数値なので、)、使用した鋼材は16万8千t、コンクリート147万m3、火薬2860tで、完成までに19年を要し、工費は6800億円であった。最深部で岩盤の割れ目から噴き出す湧水の水圧は、1cm2当たり24kgという信じられない強さである。工事中の殉職者は、34名にも上った。 1988年に開通したが、同じ年に開通した、瀬戸大橋 (全長9.4km) の工費が1兆円以上であるのと比べれば、トンネルが長さに対して橋梁より工費が安く付く事が分かる。 最深部の深度は海面下246mで、水深146mの海の底よりさらに100mも下を通っている。勾配は最深部の前後のみ3‰で、あとは12‰の連続勾配となっている。トンネル内で発生する湧き水は何と毎分29t。片時たりとも排水ポンプが停止すれば、トンネルが水没する可能性がある。しかし、この水は塩分濃度が海水より薄い事もあって、海底駅のある青森県側の竜飛と北海道側の吉岡 (因みに、吉岡海底駅は世界一低い所にある駅である) で汲み上げられた後、ヒラメなどの稚魚の養殖に使われている。 | |||||||||||||||
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略称はSIV。Static InVertorを訳したものである。 従来の電車は、列車制御や室内灯などの電源 (補助電源) を、架線の電気を使用して電動機を回し、その回転を発電機に伝えて、再度発電する事によりまかなっていたが、電動機を使用するので騒音などの問題があった。 しかし静止インバータは、架線から一旦蓄電池に溜めた電気を使用し、半導体を使って交流に作り替え、補助電源とするもので、低コストで故障が少なく、騒音も無いので、最近の電車には、全てこちらが使用されている。 静止というのは、電動機を使う補助電源が、回転部分…つまり、可動部分を持つのに対し、静止インバータでは可動部分が無い為、その名が付いている。 交直流切替区間や、周波数切替区間など、架線からの電気が途切れる区間でも、蓄電池から電気を供給されていれば補助電源として機能できるので、今までのように、その区間で一旦車内の電気が切れるというような事がなくなった。 | |||||||||||||||
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ブレーキが効き始めてから停止するまでに進む距離。在来線では600m以下である事が条件となる。 新幹線では、例えば300km/h走行を行う500系など、制動距離が6kmに及ぶ。 在来線でも、新幹線並に線路への人や動物などの立ち入りが難しい場合はこの限りでなく、例えば青函トンネルや、線区の殆どがトンネル区間である北越急行ほくほく線などでは、制動距離が600m以上になるような高速での運行が行われている。 | |||||||||||||||
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運輸省 (国土交通省) が、地元の事をロクに調べもしないで、政治家の都合の良いように、日本中を必要でもない新幹線網で覆っていく事業の事。 自治体は、新幹線を誘致するのに必死だったりするが、見込みほど乗降客がおらず、赤字の → 我田引鉄 | |||||||||||||||
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本州と四国を直接結ぶ橋梁として、1979年に着工し、総工費約1兆1300億円をかけて1989年に完成した、全長9.4kmの鉄道と道路の両用橋。1つの橋から成っているのではなく、瀬戸内海に浮かぶ小島を結んだいくつかの橋が直線的に連なった橋である。 具体的には、本州側から下津井瀬戸大橋、櫃石島橋、岩黒島橋、与島橋、北備讃瀬戸大橋、南備讃瀬戸大橋と、これに付随する高架橋から成る。 鉄道は、将来に備えて新幹線でも走れる高規格で線路が敷かれており、ここを走る列車の乗車率は非常に高く、快速マリンライナーにいたっては1日35往復も走っているが、道路の方は、しまなみ海道のように人や自転車が渡れる訳でもなく、相変わらずのゼネコン万歳で建設されたので、利用客は芳しくない。 でも、そのおかげで宇高連絡船やJRの本四備讃線が活気溢れているので、有り難いのだが。しかし、ゼーキンの無駄遣いになっている事には変わり無い。 | |||||||||||||||
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全般検査の略。別に悪い所が無くても、4〜5年周期で必ず行われる、いわば車輌の人間ドック。 各部を分解の上、整備・部品交換などが行われる。 | |||||||||||||||
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一般に、機関車や客車と、電車が装着している連結器は種類が違う。そのどちらとも連結できるように、連結器の頭部に2種の連結器を角度を変えて装着してあり、90°程度回転させる事で、どちらでも真っ直ぐ前を向かせる事が出来る。 我らが碓氷峠のシェルパ、EF63型機関車も片端に、客車・機関車用の密着連結器と、電車用の密着自動連結器の双頭連結器を装備していた。因みに回転角は75°である。 | |||||||||||||||
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@ 音楽用語で、曲中、ある旋律などを1人のみが演奏する部分。 A 1人用B寝台個室の事。開放式Bコンパートメントと同金額で利用できるのでお得である。 | |||||||||||||||
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転車台。つまり、車輌を回転させる事により方向転換させる設備を言う。実物例はこちら。 蒸気機関車が主力であった時代には、少し大きな駅に行けば必ず見られたが、ディーゼル車・電車には車輌に「前・後」の区別がないのでターンテーブルは必要なく、現在ではかなりその数も少なくなってしまった。 | |||||||||||||||
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台車検査の略。その名の通り、台車の部品などに不備がないかを検査する。 通常は、リフティングジャッキで車体部分を取り外して台車だけにしてから検査を行う。主な作業内容はタイヤ研磨 (車輪の歪みを補正する為、表面を平滑になるよう削る事) など。 | |||||||||||||||
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普通鉄道は左右二本のレールによって走行するが、その他に、もう一本レールを使う際、そのレールを第三軌条と言う。 例えば、地下鉄ではパンタグラフから集電せずに、第三軌条に電流を流しておいてそこから集電するというやり方がある。関西圏では、大阪市営地下鉄の大部分の路線が、この方法を採用している。 また、アプト式やロッハー式などで使用されるラックレールも第三軌条の一種である。 | |||||||||||||||
アルペンルート |
富山地方鉄道の立山駅から、長野県のJR大糸線信濃大町駅に達する観光ルート。だいたい4/20〜11/4のみ営業。 途中には、日本一高い駅であるトロリーバスの室堂駅や、黒部湖の周遊船など、見所が山とはあるが、如何せん非常に値段が高く、立山から信濃大町まで抜けるだけで¥9150もかかる。特に、トロリーバスは非常に高く、10分の乗車時間で運賃は何と¥2100!!! 関西電力が管理しており、ほぼ全区間、元々はダムの作業用に掘ったトンネル内を走るうえ、架線、バスの車体など、維持費が高く付くのは分かるのだが、もう少し何とかならないのだろうか。 尚、立山−信濃大町の行程は、立山−美女平がケーブルカー、美女平−室堂がバス、室堂−大観峰が問題のトロリーバス、大観峰−黒部平が日本一長いロープウェイ、黒部平−黒部湖がケーブルカー、そこから黒部ダムまでが徒歩で、黒部ダム−信濃大町はバス。尚、立山駅から室堂へ直通するバスも出ている。また、黒部湖の観光船も6〜11月のみ運航している。 | ||||||||||||||
オーバーポイント |
日本名は両渡り線、シーサスクロス、ダブルクロスとも。 2本の線路の、どちらの線路のどちらの方向からでも他方の線路に行けるようなポイント。通常のポイント4基と、クロッシングポイント1基から成る。大きな駅や複線の終着駅には必ずと言って良いほど存在する。 | ||||||||||||||
ポイント | クロッシングポイントの一種。通常のクロッシングは、対角線方向にしか列車を誘導できない。例えば、『X』という文字をクロッシングに喩えると、左下からクロッシングに進入した列車は、右上にしか行けないのである。しかし、ダブルスリップなら同じように左下から進入した列車が左上に行く事も可能である。 | ||||||||||||||
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日本の駅で、常にダブルのスーツを着ている駅長は2人いるが、一人はやはり日本の首都、東京駅の駅長。 それは納得がいくが、もう一人は原宿駅の駅長である。何故かと言えば、原宿駅は明治神宮の原宿御苑に近い為、皇族列車専用のホームがあり、その為に原宿駅長はダブルのスーツを着用しているのだ。 このホームは、我々が乗り降りする原宿駅の北の、西側の片側にのみ設けられていて、普段は無人である。 | |||||||||||||||
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単線区間で、同一の線区に2編成以上の列車が入る事がないように、線区に一つずつある通行可能証明器。 単線区間で同一区間に2編成以上の列車が入る事は即ち、先行列車への追突若しくは正面衝突を招く事になる。そこで、一つの線区に一つだけの通行証がある。これがタブレットと呼ばれるものである。 正確には、タブレットとは、通票と呼ばれる厚さ約1cm、直径約10cmの真鍮製の円盤を、タブレットキャリアと呼ばれる丸い輪っかに革製のポケットの付いたものに入れたもの。 隣り合った線区では、必ず異なった種類の通票を用いる事が義務付けられており (隣り合った区間で同じ通票を用いると、どちらがどちらか分からなくなって、人為的ミスで同じ線区に2編成の列車が入ってしまいかねない為)、第1種 (丸。円盤中央に丸い穴の空いたもの)、第2種 ( 今では、タブレットを使用している鉄道は非常に少数になったが、少し前までは各地で見られた。特に、特急や急行が通過駅でタブレットの授受をする場合は、走行しながら、ホームの端に設けられたタブレットキャッチャーに、今まで持ってきたタブレットを渡して、今度は、ホームの反対側の端に、支持器に付けられた次の区間のタブレットを取っていくという光景が見られた。しかし、因美線経由で鳥取と岡山を結んでいた急行『砂丘』が廃止された事で、走行しながらのタブレット授受は見られなくなった。 | |||||||||||||||
キャッチャー |
ホームの端に設けられた、走行中の列車から渡されたタブレットを受け取る装置。 上が広がった渦巻き状に巻かれた鉄棒であり、昔は単線区間の通過駅には必ず設けられていた。 | ||||||||||||||
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幹線に対して、地方に散在するJR路線。定義はよく分からない。 別に『本線』と名の付くものであろうが、地方交通線と定められているものがあり、例えば石北本線、宗谷本線、釧網本線、高山本線、筑豊本線などが地方交通線に指定されている。 地方交通線は、幹線よりも運賃がほんの少し割高となっている。 | |||||||||||||||
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直流電動機の制御方法の一つ。 通常の制御方法とは大きく異なり、半導体素子を利用して直流電流を1秒間に数十回の割合でON・OFFする事でモーターに流れる電力量を制御する。つまり、電力の強さそのものは変えずに、流す時間を変えるという事である。 通常の制御方法に比べて電力ロスが非常に少なく、省エネルギー電車の制御方法として注目されているが、現段階では装置が非常に大型になってしまう為、あまり実用化されてはいない。代表的存在は近鉄の通勤型ステンレスカー3000系。 | |||||||||||||||
| つまりは路面電車の事。昔は発車などの合図に、『チンチン』とベルを鳴らしていたので、この名が定着した。 | |||||||||||||||
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昭和38年11月9日夜、東神奈川駅付近で起こった事故。死者161名、負傷者120名という大惨事である。 貨物線を走行中の貨物列車が脱線し、それに気付いた旅客線の下り列車の運転士は列車を急停車させたが、上り線の運転士は気付かず、脱線した貨物車輌に突っ込み、さらにその反動で、上り列車の先頭車は停車中の下り列車の4輌目に激突して大破させた上、5輌目の側面に真横から突き刺さった。あっという間の出来事で、しかも事故原因は人為的なものでなく、貨車の車輪がカーブで迫り上がって脱線した事にあるというものであった。 この事故以来、「過密ダイヤ」という言葉が一般化し、また、国鉄の全列車にATS装置が取り付けられるきっかけとなった。 | |||||||||||||||
| → 列車運転状況表示装置 参照 | |||||||||||||||
| ある車輌の、座席と吊革の数の合計。つまり、標準状態で何人までその列車に乗せられるかという数。特急車輌では60人前後、新幹線車輌で80人前後、普通車輌では100人前後、通勤用車輌では120人前後くらいとなっている。勿論、あくまでこれは平均値で、中には普通車輌なのに、150人近く乗せられる車輌もある。 | |||||||||||||||
(ティー・ジー・ブイ) |
フランス新幹線の略称。正式名称はTrain a Grande Vitesseで、直訳すると「偉大なる速さの列車」となる。 ドイツやスペインへの乗り入れも計画されており、国内にも南東線と大西洋線、北ヨーロッパ線、北新線、地中海線の5路線を有する。特に、2001年に開業した地中海線は非常に線形が良好で、500系登場から営業最高速度・表定速度共に再び世界最高に返り咲いていた日本の新幹線を表定速度で追い抜かし、最高速度でも世界最高タイの300km/hに並ぶという快挙を成し遂げた。 日本の新幹線に追いつけ追い越せと計画され、10000年間無事故で走り続けられる事をコンセプトに建設されただけあって、その性能は世界に認められており、韓国やスペインの新幹線にも、TGVの技術が採用された。 試験最高速度は1990年5月に、TGV-Atrantiqueが出した515.3km/hで、日本の宮崎実験線のリニアモーターカーが出した517km/hに迫る勢いである。現在でもこれは鉄軌条における世界最高速度である。 | ||||||||||||||
D51 |
D51型蒸気機関車の愛称名。戦時中を中心に1000輌以上が量産された貨物用の蒸機。同一形式で1000輌以上も製造された機関車は後にも先にもD51だけである。 日本各地で活躍した形式で、今でも各地に静態保存されているのを見る事ができる。 また、真岡鉄道ではパレオエクスプレスの牽引機としてD51の498号機を動態保存している。 | ||||||||||||||
(てっけん) |
鉄道研究会の略。学校や会社のサークルとして存在する。 水泳部に、泳げない人が入部すると大変な目に遭うのと同じで、鉄道についての知識があまりないのに鉄研に入ると (んなヤツいるのか?) 大変なカルチャーショックを受けるらしい。皆さん、気を付けましょう。 | ||||||||||||||
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蒸気機関車の先頭部、ボイラーの横に付いている板。和名は除煙板。略称は『デフ』。 蒸気機関車で、煙突から出た煙が拡散して機関士の視界を遮る事のないよう、走行中に受けた風を上方に吹き上げさせる役目を持つ。多くの機関車に取り付けられていた。 形状別に様々な種類があり、デフの形を見るだけで、どこの機関区所属の蒸機か分かるほど。 | |||||||||||||||
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運転室の前面窓ガラスの曇りを防ぐため、窓ガラスを電熱線で温める装置。 今では窓ガラスに電熱線が内蔵されているが、一昔前までは外付けのものを使用していたので、運転士の前だけ、窓が二重になっていた。 | |||||||||||||||
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鉄道路線に架線を設置し、電車が走れるようにする事。対義語は非電化。 現在では、かなり日本の鉄道の電化率が上がっているのだが、まだ地方路線や北海道、私鉄の多くには、ディーゼルが走る非電化路線も多い。 碓氷峠の夏オススメの非電化路線は、北から宗谷本線 (旭川−稚内)、津軽鉄道 (五所川原−津軽中里)、気仙沼線 (気仙沼−前谷地)、飯山線 (越後川口−豊野)、氷見線 (高岡−氷見)、嵯峨野観光鉄道 (嵯峨嵐山−トロッコ亀岡)、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線 (後免−奈半利)、肥薩線 (人吉−隼人 間)、指宿枕崎線 (西鹿児島−枕崎)などである。皆さんも、非電化路線を巡りつつ、土地土地を観て廻ってはいかがだろうか? | |||||||||||||||
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新型の密着連結器に装備されている、例えばモーターやブレーキの制御に使用される電気を各車輌に送る連結器。 密着連結器を連結すると、自動的に接続される仕組みなので、ジャンパー連結器のように、人間の手で連結器を操作する必要が無く、列車の分割・連結作業が飛躍的に高速化した。 | |||||||||||||||
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@ 電動機を持ち、これを駆動させて推進する客車・貨車などの総称。軌道や空中に架した電線から電流を得て運転する。あくまで蒸機機関・ディーゼル機関の列車は含まない。 A 一般に、列車や、若しくは鉄道全般を指して言う言葉。『電車でGo!』などとして使用されるのが好例。正確な電車の定義は@である。 | |||||||||||||||
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枕木を支える、線路の基盤となる部分の名称。 普通鉄道で多く見られるのはバラスト道床で、枕木の下にバラストを敷いたもの。他に、高架線内に用いられるスラブ軌道や、トンネル・地下線内に用いられるコンクリート道床などがある。 | |||||||||||||||
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@ 東京から、大宮、宇都宮、福島、仙台、盛岡等の主要都市を通って、青森の八戸までを結ぶ新幹線。大宮で上越新幹線、福島で山形新幹線、盛岡で秋田新幹線と分岐する。開業当初は、大宮−盛岡間であった。2002年12月1日に盛岡−八戸間が開業したが、その際に、東北本線の盛岡−八戸間が第三セクター化され、盛岡−目時間はIGRいわて銀河鉄道に、目時−八戸間は青い森鉄道になってしまった。 A 麻雀の地方役の一種。東と北だけで刻子とマクラを作り、一気通貫と組み合わせた役。役満。上がり形の例を下に掲げる。
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青函連絡船の一。昭和29年9月26日、台風15号 (洞爺丸台風) の為、函館港沖で沈没した。 死者は日本の海難事故最大の1155名。当時は、タイタニック号に次いで世界でも第2位の海難事故であった。無縁仏25体、発見されなかった遺体も37体に上った。 台風が接近しているにも拘わらず夕焼けが見えた函館では、海洋気象台もが副低気圧の通過を台風の目と誤認し、18時39分、1000人以上の乗客を乗せた洞爺丸は出帆した。 しかし、19時01分、函館港の防波堤を出た所で早くも洞爺丸は航海を諦めて投錨。この時、岸壁に引き返しておけば…というのは素人考えなのだろうか? そして22時過ぎ、後部車輌甲板から浸水した洞爺丸は機関停止し、走錨し始める。この時船長は、近くの海岸である七重浜に座礁して転覆を免れようとしたが、浸水が激しい上機関停止していては操船もままならず、22時43分、とうとう横転して七重浜から800m程沖に没した。 青函トンネル建設の契機となった事件である。 | |||||||||||||||
| 普通の狭軌 (1067mm) よりも、さらに狭い線路幅の事。日本では三岐鉄道北勢線が採用している762mmなどの例がある。(→軽便鉄道) | |||||||||||||||
| 新幹線車輌で、高速で軌道を走行しながら、レールの歪み・架線の磨り減りなどをチェックしていく列車。現在は、東海道・山陽新幹線に700系型の923系、東北・上越・北陸新幹線にE926系が、それぞれ保守の任務に就いている。 | |||||||||||||||
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大船渡線の事。この路線ほどあだ名の多い路線も少ないだろう。(←ナベヅル線) 地図で見ると、路線の外形が龍のように見えるから、という事らしいが、何せこれは我田引鉄の賜物であるから、とても龍のような良いものには見えないのだが…。 | |||||||||||||||
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列車を線路と垂直方向に移動させる装置。車輌工場やヤードの末端部などに設置されているが、ターンテーブルと共に最近はかなり数が減少してきた。 仕組みとしては、線路面より一段掘り下げたところを、車輌1輌分程度の長さを持つ可動部が線路と垂直に移動し、他の線路への車輌移し替えが出来る。ターンテーブルが回転移動であるのに対して、こちらは直線状に移動する。 | |||||||||||||||
(トレイング) |
JR東日本が行っていた、鉄道乗車促進キャンペーン。1999年7月20日から2001年6月30日までの間に、JR東日本の鉄道路線に乗車して、乗車駅と下車駅で写真を撮り、ポイントを獲得して、獲得ポイントに応じて賞品をもらえるというもの。 かつて国鉄が行っていた「いい旅チャレンジ20,000km」キャンペーンの、JR東日本バージョンとも言える。 名の由来は、JR東日本の広告で使われているキャッチフレーズで、『列車』の『TRAIN』に、動名詞 (『フィッシング』や『クッキング』の『イング』と同じ意味) の『ING』を合わせた造語。 当然ながらTRAINにINGを付けるとTRAINING (トレイニング) となる為、『TRAINGはおかしいだろう』という、団地の教育ママ的発言もあったそうな。何にでも批判する者はいるものである。しかもそれを、『これは英語を知らない人間が作った言葉だからだ』と、解説している者もいたらしい。英語を知らないだけでなく、シャレも分からない無粋な人間はお前だと言ってやりたい。 | ||||||||||||||
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一般には、ポール式の集電装置を指す。普通のパンタのように、擦り板はなく、金属製の棒の先に、やはり金属製のガイドローラーを付けたものを、架線に押し当てるという仕組みになっている。 しかし、正確には、架線の、パンタグラフに接触する電線の名前である。 | |||||||||||||||
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電気で動くバス。鉄道とは異なり、マイナスの電気を線路に流す訳にはいかないので、架線 (トロリー) を2本持っている。 昔は日本の各都市で見られたが、ディーゼルエンジンのバスの普及で、今では立山黒部アルペンルートの室堂−大観峰間や、やはり立山の関西電力トンネルバスのみでしか見られない。 しかし、中国など、まだ交通が発展途上の国では現役の都市交通としてのトロリーバスが存在する。 | |||||||||||||||
エクスプレス |
大阪−札幌間を、日本海側経由で21時間かけて結ぶ、夜行寝台特急の愛称名。1989年に、JR東日本の『北斗星』に対抗しようと、JR西日本がデビューさせた。既に登場から10有余年が経つが、未だにその人気が廃る事はない。 それまでの寝台列車の常識であった、最後尾といえば荷物車か車掌室という枠を打ち破り、最後尾には180°のパノラマが楽しめるスイート個室を設け、その他にも、屋根までかかるほど大きな窓を持った個室、日本海の夕陽を堪能できるサロンなど、新しいコンセプトが満載されていて、今乗っても、とても10数年前の設計とは思えない (一部、内装が改造されている箇所はあるのだが)。 塗装はダークグリーン地に、日本海の夕陽をイメージする黄色のラインで、塗装の面でも、夜行寝台といえばブルートレインという常識を覆した。9両編成で、1人用ロイヤル個室、2人用スイート個室から、4人用簡易コンパートメント寝台まで、寝台の種類も様々なところが嬉しい。 | ||||||||||||||
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いかにも『お役所』的な決断から付いた、現・北陸新幹線の、開通当時の正式名称。北陸新幹線と言うには、まだ長野までしか開通していないので不適切。しかし、長野新幹線と言い切ってしまうと、長野より先、直江津や富山まではもう延伸しないような響きになるとの地元などからのクレームから、仕方なく決められた名称である。 現在では勿論使う人などいないし、日本で唯一、正式名称が変更された歴史のある新幹線である。のっけから『北陸新幹線』にしといたら良かったのに。 | |||||||||||||||
| 大船渡線の事。一ノ関から気仙沼を通って盛りを結ぶJRのローカル線だが、明治時代の我田引鉄のせいで、一ノ関から真っ直ぐ東向きには太平洋を目指さず、一度大きく北に迂回しており、地図で見ると線形がナベヅルのようである事からこの名がある。(←ドラゴンレール) | |||||||||||||||
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阿房列車を著した内田百關謳カの衣鉢を継ぐべく、阿川弘之氏が昭和50年6月から昭和52年5月に亘って、隔月で小説新潮に掲載された海外の鉄道乗車記を一冊の本にまとめたもの。 北杜夫氏や遠藤周作氏と共に行ったヨーロッパへの講演旅行の際、阿川氏一人がフランスのTEEに乗った話は、両氏のエッセイにもしっかりと書かれており、併せて読むと面白い。 | |||||||||||||||
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駅構内に立ち入る為に買う切符。列車内に立ち入る事は出来ない。 入場券と定期券を使用したキセルは、誰もが一度はやった事のある事だろうが、バレると定期券も没収になるのでやめましょう。JRでは、ホームに入れる時間が2時間以内と決まっており、それを超えると2時間毎に入場券一枚分の値段が追加となる。 | |||||||||||||||
(ネックス) |
成田エクスプレス (Narita EXpress) の略称。 東京・池袋・新宿・横浜・大船などと、成田空港を結ぶ特急。全席指定でグリーン個室もあり、首都圏から成田までの快適な旅を提供している。また、成田空港から羽田空港への飛行機乗り換え (つまり、国際線←→国内線) にも活躍している。 先年、おバカな国土交通省大臣が、羽田空港の国際線発着化を提案したが、実現する様子が無くて幸いである。全く、何も考えずに自分やら出身地だけの都合でしょーもない事をやらかそうとするお大臣様には、困り果ててしまいます。 | ||||||||||||||
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いわゆる、普通のレール上を走る、通常の鉄道方式の事。 ラックレールを用いるアプト式、ロッヘル式など、通常用いられる、平らなレールに車輪で走行する方式ではない鉄道に対して言う。 | |||||||||||||||
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@ 東海道山陽新幹線の最速列車。1992年の300系登場時に、大阪−東京間を2時間半、最高速度270km/hで結ぶ列車の愛称名として付けられた。 長年、新幹線の代名詞だった「ひかり」の上をゆく列車となり、500系登場時からは山陽新幹線区間で世界最高速度タイである300km/h走行も行っている。 A 日本の統治下であった朝鮮・満州を駆けた急行列車。現在もそうだが、この当時もひかりの姉妹列車であった。 関釜航路夜行便に接続し、ひかりとほぼ同じ内容の堂々10輌の編成で しかし、戦況悪化の為、終戦直前まで走ったひかりより一年以上早い昭和19年初頭、僅か10年の短い生涯に終止符を打ち、以後50年弱、1993年の新幹線のぞみ登場まで、その愛称名は消え続ける事となる。 | |||||||||||||||
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一言で言えば、全ての鉄道路線に乗る事である。 日本には、JRだけでも約2万`の線路総延長があるが、その全ての路線に乗って旅していく。 JRに限らず、日本の全鉄道路線に乗車する事を目論む剛の者もおり、達成した者もいるが、やはり非常に少数である。 碓氷峠の夏は、未成年でのJR全線完乗を達成。紀行文として紹介した旅の多くも、それを目的に行ったものである。 | |||||||||||||||
| 鉄道ファンの中でも、特に、鉄道に乗る事を趣味とする人たち。乗りつぶし派や、青春18きっぷ派、紀行文派など、様々な種類の人たちがいる。 | |||||||||||||||
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JR北海道が走らせている、日本一速度が遅い列車。ノロッコとは、ノロノロトロッコの略。 その名の通り、平均速度は実に時速30km/h。ディーゼル機関車が牽く客車編成で、無蓋貨車改造あるいは客車の側壁を無くした、トロッコ車輌をつないでいる。「オホーツク流氷ノロッコ号」、「釧路湿原ノロッコ号」「ふらのラベンダーノロッコ号」など、編成にも数種類がある。 中でも、オホーツク流氷ノロッコ号は、無蓋車改造のトロッコ車輌から、窓ガラスを隔てずに流氷を見ようという酔狂な列車で、乗るには完全防寒対策が必要である。あ、勿論、普通の客車もつないでいるのでご安心を。 | |||||||||||||||
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記号を見れば一目瞭然、パーセント (%) の兄弟分みたいなもので、パーセントが100分の1を表すのに対し、パーミルは1000分の1を表す。 つまり、1%=0.01、1‰=0.001である。 鉄道では、勾配の単位に多用され、勾配標に書かれている数値もパーミルである。例えば、我らが碓氷峠の66.7‰という勾配は、1000m水平に進む間に66.7m上がるような坂道の事である。 | |||||||||||||||
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車内からの眺望が良くなるように、室内の床面の高さを、普通車輌より高くした車輌。 北近畿タンゴ鉄道の「タンゴエクスプローラー」、JR北海道のジョイフルトレイン「クリスタルエクスプレス」「ノースレインボーエクスプレス」、JR九州の「ゆふいんの森」などが採用している。 | |||||||||||||||
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上野−金沢間を、信越本線経由で結んだ特急の愛称名。名の由来は石川・岐阜県の県境を成す火山の名。因みに白山は、富士山、立山と共に日本三霊山の一。 碓氷峠の廃線と共にその歴史を終えたが、碓氷峠越え唯一のボンネット特急として人気を集めていた。 | |||||||||||||||
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関東一円の私鉄会社で共通して使用できるカード式乗車券。 ゆりかもめ、東武、西武、東急、京王、京浜、京成、営団地下鉄、東京臨海高速など、殆どの鉄道会社が参入している。JR東日本のイオカード、Suicaと、双璧を成している。 | |||||||||||||||
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@ 昭和25年、東京−大阪間の特急第三列車の愛称名として命名された。浜松までしか電化されていなかった時代までは、一等から三等、荷物車を連結した客車9輌編成で、最後尾は展望車となっていた。東海道本線電化完了を機に電車に置き換えられた。 昭和39年、東海道新幹線開業と共にいち早く新大阪−博多間の特急の愛称に変更され、その後山陽新幹線岡山開業で岡山−博多間に区間短縮されたが、昭和50年の山陽新幹線全線開業まで走り続けた。現在は愛称が消滅している。 A 昭和7年、大連−長春間を結んだ豪華急行の愛称。満州鉄道で愛称名を持つ列車第一号である。 2年後の「あじあ」登場までは、満鉄の看板列車であった。昭和20年8月11日の、ソ連の満州侵攻により運行休止の後、廃止。 | |||||||||||||||
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北越急行ほくほく線で実用化されている、融雪装置。 消雪パネルを線路の両側に設置する事で、 | |||||||||||||||
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道床砂利、つまり、線路で枕木の下に敷く砕石の事。 突き固めたバラストを敷いておく事で騒音が減じられ、乗り心地も良くなる。(→スラブ軌道) | |||||||||||||||
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電車の屋根に設け、架線から電気を得る為の装置。 バネの力によって、擦り板を常に一定の圧力で架線に押しつけておくようになっている。 様々なタイプがあり、大きく分けて、支え1本で擦り板を支えるシングルアームパンタグラフと、2方以上から擦り板を支えるものの2種類がある。また、後者にはやはり大きく分けて2種あり、横から見たらひし形のものと、下部で支柱が交差しているもの (下交差型と言う) の2種類がある。 また他にも、トロリーポールや、名も知れない形状のものなど、時代や国・地域、製造会社により多種多様である。 | |||||||||||||||
| → 自動進路制御装置 参照。 | |||||||||||||||
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@ 東海道山陽新幹線の、急行型列車の愛称名。 開業時は世界でも右に出るもののない超高速エリート列車であり、まさに「ひかり」だった。 また、1989年の100系登場時には、高速列車として世界で初めて2階建て車輌を連結した。また、食堂車やグリーン個室など、サービスも素晴らしい日本の代表列車として、世界に名を轟かせた。 最近はのぞみに脚光を奪われ、栄光が色褪せてしまった。しかし、山陽新幹線のレールスター誕生で、再び元気が戻ってきたように思う。 A 日本が朝鮮半島や満州を統治していた時代、 関釜航路 (下関−釜山間の連絡船) の昼行便に連絡し、日・鮮・満を1日以上かけて走破する、国際急行であった。 展望一等寝台や食堂車なども連結した堂々の9輌編成で大陸を駆けた。 | |||||||||||||||
(ピタパ) |
スルッとKANSAI加盟の私鉄が2004年から導入する予定の電波探知式自動改札システム。JR以外の私鉄での導入は世界初となる。 機構はSuicaやICOCAと同じなので、将来的には相互利用が可能となる見通しである。 2004年度から利用が可能になるのは阪急・京阪・能勢の各社のみだが、だんだん使用可能範囲が広がっていくのは間違いないだろう。 | ||||||||||||||
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@ 小歯車の事。 A ラックレール式鉄道で、ラックレールと噛み合う歯車の事。 | |||||||||||||||
| 1435mmの線路幅の事。日本では新幹線や近畿圏の多くの私鉄などが採用している。 | |||||||||||||||
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高い建物などの上や、鉄道車輌ではパンタグラフの横など、落雷の危険性が高い場所に装備して、雷が建物・車輌の中や機器類に流れ込むのを防ぐ機器。 因みに、落雷を誘発させる機器なのであり、決して雷が落ちないよう避けてくれる機器ではない。 | |||||||||||||||
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信州方面からのディズニーランド客を輸送する事を目的に運行されている臨時快速。舞浜は御存知、ディズニーランドの最寄り駅である。 この列車、実は非常に珍しい列車で、時はまだ碓氷峠が現役時代、ここを通る全ての列車はEF63の重連を連結すると言われながら、何とこの列車だけは、碓氷峠を通行するのが深夜である事もあり、EF63を連結せずに碓氷峠に挑んでいた。現在ではファンタジー舞浜も中央本線経由に変わり、こんなエピソードも過去のものになろうとしている。 | |||||||||||||||
| インバーターの一方式で、可変電圧・周波数制御、Variable Voltage Variable Frequencyの略。 つまり、架線から得た電流の、電圧や周波数を変える事によってモーターに流れる電流の強さを制御する仕組みの事。 通常の制御方法より電気エネルギーを無駄にしないので、電車の省エネと技術して早くから注目され、多くの電車に取り入れられている。 | |||||||||||||||
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@ フェニックスに同じ。エジプトの伝説上の霊鳥で、アラビアの砂漠に住み、500年生きると、自ら巣に火を付け焼け死んだ後、再び生まれ変わる (広辞苑より)。 A C57型蒸気機関車1号機の事。何度も事故に遭い、その都度廃車の危機に見舞われるが、様々な人たちの多大な努力により、いつでも華麗に蘇る。 最近では、全検で神戸の鷹取に来ている際、阪神大震災の激震をまともに喰らって脱線転覆したが、やはり、その昔に蒸気機関車の整備を実際にやった事のある方々の多大な苦労により、見事蘇った。 SLやまぐち号の牽引機関車として有名であり、蒸気機関車ブームの先駆となった。各地の展示会に出張として出向く事もしばしばである。また、その美しい姿から、『貴婦人』の異名を持つ。 | |||||||||||||||
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券売機で切符を買う必要が無く、自動改札機に直接投入する事で運賃の精算が可能なプリペイド方式のカードの事。 代表的な例では、関西一円の私鉄で使用できる「スルッとKANSAI」、関西圏のJR及び近鉄で使用可能な「Jスルー」、名古屋近辺で使用可能な「トランパス」、名古屋市交通局の「ユリカ」、福岡市交通局の「fカード」、首都圏の私鉄で使用できる「パスネット」などがある。尚、以前は首都圏のJRで「IOカード」が発売されていたが、2005年3月31日を以て販売終了となった。使用はまだ暫くできるようである。 | |||||||||||||||
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線路と道路が平面で交差する場所に設けた設備。形態・仕組みによっていくつかに分類される。 第一種甲踏切は、警報機も遮断機もある、無人踏切。最近は、殆どがこのタイプになってきた。 第一種乙踏切は、警報機も遮断機もあるが、踏切警手などがいる、有人の踏切。広島駅構内西側や、阪和線の杉本町駅南側などにある。というか、碓氷峠の夏はその2つしか知らない。トホホ。 第二種踏切は、決まった時間にだけ遮断機を下ろす踏切。普通の踏切は、信号などと同じ要領で、列車の接近を感知した時にのみ遮断機を下ろすが、この踏切は列車が来ようが来まいが、決まった時間にだけ遮断機を下ろし、また決まった時間になると遮断機を上げる。殆ど見かける事はない。 第三種踏切は、警報機のみしか無い踏切。人通りの少ない道などでは、未だにこれがよく見かけられる。 第四種踏切は、警報機も遮断機も無い踏切。ローカル線の、農道などとの平面交差では、ほとんどがこのタイプ。「止まり、きき、みて、わたれ」などという、懐かしい標語が書かれた柱が立っていたりする。 | |||||||||||||||
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非常に入手が困難な寝台券または指定席券など。 トワイライトエクスプレスやカシオペアのスイート・ロイヤルなどの寝台券、また、ムーンライトながらの指定券など、高価なものから庶民的なものまで、様々なプラチナチケットが存在する。 | |||||||||||||||
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玩具の大手メーカー、TOMYが発売する、幼児向けの鉄道模型。相当なロングセラーシリーズで、今までに発売した車輌の種類もかなりのもの。幼児向けとは書いたが、大人にもマニアはいるようで、絶版車種が高額で取引されていたりする。 碓氷峠の夏も勿論、小さい頃はこれが最も好きな玩具であった。 | |||||||||||||||
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鉄道車輌の車輪は、車のタイヤのように真っ平らではない。真っ平らでは、どう考えてもレールから外れてしまう事必至なので、それを防ぐため、車輪に設ける出っ張り。通常は、車輪の内側に、車輪の外周より大きな板をもう一枚付けたような感じである。 しかし、過去には、レールそのものがU字型やL字型をしていて、脱輪を防ぐという方法も実用化されていた。 現代の普通鉄道が、運転士さんのハンドル操作無しで曲がれる、そしてポイントを通過できるのは、全てこのフランジのおかげである。 | |||||||||||||||
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軌間可変列車の事。つまり、様々な線路幅の路線を走行出来る列車である。 車輪の幅を変えられる特殊な台車を持ち、専用の軌間変更区間を設ければ、走行しながらにして異なる軌間の線区に進入出来る。 ヨーロッパでは、広軌のスペインと標準軌のフランスの間を走る国際列車で既に実用化されている。日本でも、特に四国地方への新幹線列車直接乗り入れを目指す為に試験車が製造され、様々な実験が行われている。 | |||||||||||||||
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@ 20系寝台列車に始まる、車体を青く塗られた寝台客車の総称。 開放式コンパートメント寝台など、デビュー当時は近代的な設備で非常に人気が高かったが、航空機や新幹線の台頭で利用者は激減し、特に、数多くの人気寝台列車が走っていた東京−九州間のブルートレインは壊滅状態である。 しかし、唯一食堂車が連結された北斗星は、デビューから四半世紀を過ぎた今でも、根強い人気を誇っている。 A 南アフリカ共和国を走る豪華寝台特急の愛称名。これも、名の由来は車輌が深い青色に塗装されているところから。 | |||||||||||||||
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車輌を停止または減速させる際に使用する装置。様々な種類があるので紹介しておく。 手動ブレーキ : その名の通り、手でブレーキ弁と言われるハンドルを回し、制動を与える装置。昔は車掌車をはじめ、多くの貨車や気動車・客車などに装備されていたが、新型車輌からは絶滅状態にある。しかし、今でも旧型車輌に装備されているのを見る事はよくある。 空気ブレーキ : 空気の力により、シリンダーを作動させて制動力を得るブレーキ。信頼性が高く、世界中で最も多く使われているブレーキである。日本でも、殆どの車輌がこのタイプのブレーキを使用している。 回生ブレーキ : 電気ブレーキとも。電車・電気機関車に積まれているモーターを、発電機として使う事により、その抵抗で制動を得、同時に生み出した電気を架線に戻す、効率の良い方法。説明すると、動いているものから電気を作り出すのが発電機で、電気から動きを作り出すのがモーターなので、両者は全く同じ仕組みである。つまり、走っている車輌の運動エネルギーを、モーターが再び、電気エネルギーに戻したのである。 ダイナミックブレーキ : 気動車・ディーゼル機関車で、液体式変速機を使用して制動を得る方法。回生ブレーキのようにエネルギーは回生されず、熱として放出される。 電磁吸着ブレーキ : 登山電車などで採用されるブレーキ。電磁気力により、金属板や特殊な石を、レールに直接押し当てる事により、その摩擦で制動を得る。碓氷峠のシェルパEF63型機関車や、箱根登山鉄道の車輌などが装備している(た)。 渦電流ブレーキ : 非接触型ディスクブレーキの一種で、通常のディスクブレーキのように、直接ディスクを車輪に押し当てて摩擦で制動するのではなく、車輪の横にアルミ板を取り付け、その横に取り付けた電磁コイルに電流を流して、電磁誘導によって制動力を得る方法。 空気抵抗ブレーキ : リニアモーターカーに採用される予定のブレーキ。屋根板の一部が立ち上がって、その空気抵抗により制動力を得る。リニア程度の超高速走行時には、大きな威力を発揮する (空気抵抗の大きさは、速度の二乗に比例する為) が、通常の列車のような、時速100km/h前後では効力があまり無い為、実用化はリニアの完成時になるであろう。 | |||||||||||||||
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ある区間の中に入る事のできる列車を1列車だけにする事で、追突や正面衝突を防ぐ為のシステム。 タブレットによる閉塞は、その最も原始的なもの。しかし、これ以上確実な閉塞システムは無いと思う。 最近では、CTCシステムと組み合わせ、2分以下という短い間隔でも列車が運行出来るようになっている。因みに閉塞区間の長さは、数百mから数kmと、その路線の運転頻度によって様々である。 | |||||||||||||||
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一つの閉塞区間に一列車しか入れなくする為の信号機。 ある列車から見て一つ先の閉塞区間に先行列車がいる場合、その手前の閉塞信号機は赤色、また二つ先の閉塞区間に先行列車がいる場合は黄色、二つ先までの閉塞区間には先行列車がいない場合は青色が点灯する。 | |||||||||||||||
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列車名やその名前に因む絵、または行き先や種別(特急、急行etc.)などが書かれていて、名の通り先頭車に掲げる板。 最後尾の車輌に掲げるマークはテールマークと言う。 行き先表示幕の普及で、特に幹線では、一時は絶滅状態にまで追い込まれたが、最近、沿線でのイベント紹介などの為に、ヘッドマークが復活しつつある。 | |||||||||||||||
| 車内の空気を外気と循環させる為のファン。多くは屋根上に搭載する。 | |||||||||||||||
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日本語で言う転轍機。つまり、線路の分岐点に設けて、これを切り替える事により、先に延びる2本の線路の、どちらにでも列車を入線させられるようにした装置。 殆どが、1本の線路を2本に分岐するものだが、3線に分岐するものや、2本の線路が交差するもの (クロッシング) など、様々な種類がある。 | |||||||||||||||
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昭和63年3月13日、青函トンネルの開通と共に、上野−札幌間に結ぶ事になった夜行寝台特急。それまでにも「ゆうづる」「はくつる」「あけぼの」などは、青函連絡船を介して東京と北海道とを結んでいたが、直接北海道と本州を結んだ寝台特急はこれが初めて。 それまでの寝台列車の常識を覆した程豪華な個室である1人用個室『ロイヤル』や、2人用A個室『ツインデラックス』は、未だにプラチナチケットとなっており、シーズン中は入手が困難である。 | |||||||||||||||
| 別に、地味になるよう改造する事ではない。車体の全般的な改造であるフルモデルチェンジに対し、小さな手直しを言うので、『マイナー』が付くだけ。 | |||||||||||||||
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東京ディズニーシーの開園 (2001年9月4日) を前にした2001年7月27日に開業した、ディズニーリゾートを一周する跨座式モノレール。一周約5.0kmの、単線の環状路線で、JR舞浜駅前「イクスピアリ」内のリゾートゲートウェイ・ステーションを起点として、左回りに、ディズニーランド正面の東京ディズニーランド・ステーション、 オフィシャルホテルの最寄り駅ベイサイド・ステーション、そしてディズニーシー正面の東京ディズニーシー・ステーションの4駅から成る。 走るのは、ブルー、イエロー、パープル、グリーン、ピーチのさわやかな5色の車輌。どれも6輌編成で、運行は左回りの一方通行、朝6時から夜半まで、3〜10分間隔に運行される。 ミッキーの顔の形をした窓やつり革など、斬新なデザインであり、鉄道好きでなくとも、一度は乗ってみたい列車であろう。 | |||||||||||||||
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@ 『前方かぶりつき』の略。つまり、運転室の後の窓から、前方の景色を眺める事。小さい子たちと同じで、前方を食い入るように見るところからこの名がある。 雨が降ったりすると、前かぶをする人の為に運転士さんが助士席のワイパーを動かしてくれたりする事もある。皆が皆、そんな親切な運転士さんとは限らないが。 A 株式会社を表す記号で、会社名の前に付ける『 (株) 』の事。 | |||||||||||||||
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レールと道床の間に敷く、コンクリート及び木製の横木。 軌間を一定に保ち、レールから受ける車輌の重量を道床に分散して伝え、またカーブやポイントの部分では、レールが車輌が受ける横向きの力を殺す役割などを持つ。 | |||||||||||||||
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新型電車などに装備されている連結器。ブレーキなどに使用する空気を送る、空気管が連結器に一緒に付いているので、分割や連結に便利である。 最近では、連結すると同時に、電気連結器と呼ばれる電気系統の信号を送る連結器も、同時に連結されるものも登場し、関西では紀州路快速と関空快速の分割・連結に大きな威力を発揮している。 (→ジャンパー連結器、電気連結器) | |||||||||||||||
水の生まれる里 白水高原 |
音節では、日本一長い駅名。熊本県を走る南阿蘇鉄道にある。南阿蘇鉄道には他にも、駅の中に温泉がある『阿蘇下田城ふれあい温泉』という長い駅名が存在し、長い駅名で町興しをしようとしている。
(→ルイス・C.ティファニー庭園美術館前) 因みに、音節数で二番目に長いのは鹿島臨海鉄道の『長者ヶ浜潮騒はまなす公園前』駅。 | ||||||||||||||
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宮崎県日向市美々津に、昭和52年4月に造られた完全非接触走行リニア実験線。当初は逆T字型ガイドウェイが採用された。昭和54年12月には、無人実験車ML-500が、20年近くに亘って鉄道の世界最高速度として君臨する517km/hを出した。 昭和55年からはガイドウェイが現在のようなU字型に改められ、人間も乗れるリニアMLU-001 (3輌編成) などが走行した。現在、実験は終了したが、今でも日豊本線から、実験線のガイドウェイを眺める事が出来る。 | |||||||||||||||
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鉄道紀行作家。碓氷峠の夏の、心の師である。 1926年埼玉県川越市生まれ。小さな頃から鉄道による旅に出ては親に心配を掛ける。 1951年東京大学西洋史学科を卒業し、中央公論社に入社。出版部長、編集長、編集局長、常務取締役を歴任するが、労働組合との交渉役に立たされるなど仕事の忙しさに疲れ、1978年退社すると同時に、国鉄全線完乗までの旅日記を綴った処女作『時刻表2万キロ』で作家としてデビュー、日本ノンフィクション賞・新評賞受賞。 以来、『最長片道切符の旅』『シベリア鉄道9400km』『中国火車紀行』『台湾鉄路千公里』『インド鉄道紀行』『ヨーロッパ鉄道紀行』『韓国・サハリン鉄道紀行』などの長編旅記から、『椰子が笑う 汽車は行く』『豪華列車はケープタウン行き』『旅の終わりは個室寝台車』『時刻表おくのほそ道』『途中下車の味』『汽車旅は地球の果てへ』『線路の果てに旅がある』『日本探見二泊三日』『ローカルバスの終点へ』などの短編旅記、駅についての著書である『終着駅へ行ってきます』『駅は見ている』など、未成線や廃線跡に思いを馳せる『失われた鉄道を求めて』『夢の山岳鉄道』『線路のない時刻表』『7つの廃線跡』など、異色のサスペンス『殺意の風景』(泉鏡花文学賞受賞作)、エッセイ集である『終着駅は始発駅』『旅は自由席』『汽車旅12ヵ月』、自らの生活・旅経験から昭和初期の鉄道の歴史を紹介する『時刻表昭和史』、対談集『ダイヤ改正の話』『鉄道に生きる人たち』、自らの足で歴史上の舞台を歩いた『古代史紀行』『平安鎌倉史紀行』『徳川家康歴史紀行5000キロ』、絵本の『御殿場線ものがたり』『青函連絡船ものがたり』『スイス鉄道ものがたり』など多数の著書を執筆。 2003年2月、彼岸への旅に発つ。享年76歳。 | |||||||||||||||
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碓氷峠の夏が最も重宝しているお宿。つまり、指定券を買えば青春18きっぷでも乗車できる、夜行快速列車の事。 現在、定期運行されているのは、新宿−新潟間の『ムーンライトえちご』と東京−大垣間の『ムーンライトながら』の2つだが、青春18きっぷ使用可能時期になると、大阪−中国・四国・九州方面や、新宿−信州方面などにも臨時運行される。 魅力は何と言ってもリーズナブルな事で、バスより揺れも少なく、やはり速いし時間にも正確である。 現在は廃止されている大阪−博多間の夜行急行『月光』が祖先で、『ムーンライト』として復活したのは、90年代前半に新宿−村上 (新潟県北部) 間で。夜行バスに、鉄道の乗客を奪われるのを防ぐのが大きな目的である。 | |||||||||||||||
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蒸気機関車を廃止し、ディーゼルカーや電車に置き換える事。SLファンには耐え難い事態である。 昭和30〜40年代に日本各地で起こった。現在は、中国や東南アジアで無煙化が進んでいる。 | |||||||||||||||
(めいえき) |
愛知県及び付近の人たちが名古屋駅の事をこう呼ぶ。他にも、名古屋港は「名港 (めいこう)」と略すようである。 名のある、有名な駅の事ではない。 | ||||||||||||||
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碓氷峠旧線の第三橋梁の愛称名。碓氷川を跨ぐレンガ造りの4連アーチ橋であり、明治25年完成。 アプト式鉄道の単線用の設計で、碓氷峠からアプト式が廃止される昭和38年まで使用されたが、アプト式の廃止と共にその役目を終え、現在は観光用のハイキングコース「アプトの道」として整備され、人々に愛され続けている。 橋の上からは新線の2本のアーチは勿論、振り返れば国道18号線の向こうにダム湖である碓氷湖も望む事が出来る。 橋梁は66.7‰の急勾配にあり、両側はトンネルに挟まれている。 尚、漢字で「眼鏡橋」と書くと、長崎の眼鏡橋を指す。 | |||||||||||||||
| 鉄道模型の趣味を中心に活動する鉄道ファン。 碓氷峠の夏の鉄道好きは、この『模型鉄』から始まった。 使用する線路幅によって数多くの種類があり、日本で最も多くの方が楽しんでいるのは、線路幅が9mmのNゲージ (縮尺率1/140〜1/160)、16.5mmのHOゲージ (縮尺率1/80〜1/87) である。 模型鉄と一口に言っても、さらにこれが、敷き回した線路の上に車輌を走らせて楽しむ『走行派』、車輌やストラクチャーの改造を中心に楽しむ『改造派』、ひたすら様々な車輌を集めて楽しむ『コレクション派』など、いくつかに分類される。 たかが模型と侮るなかれ。 例えば路線風景を取ってみても、お座敷レイアウトと言って、ただ床に線路を敷いただけのものもあるが、ジオラマを伴うものでは、美しい清流が流れていたり、大雪が降り積もっていたり、数十本のヤードに数百輌の車輌がたむろしていたり、砂浜に何百人もの海水浴客がいたり、高層ビルが建ち並んでいたり、制作者の好みによって実に様々である。 | |||||||||||||||
| 庭園ではなく、鉄道では留置線の事を言う。 | |||||||||||||||
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沖縄に、昭和20年3月以来、実に58年ぶりに蘇った鉄道。モノレールであり、那覇空港から、那覇市内要所を通って首里を結ぶ。2003年8月10日開業し、戦後のアメリカ占領のせいで完全な車社会と化し、大気汚染も深刻になりつつある沖縄を救う為に奮闘している。観光客もさることながら、地元の人々の利用が非常に多く、注目を集めている。 全線複線で、列車は2輌編成 (定員165名)。ワンマン手動運転方式で、最高速度は60km/h。南国だけあって、クーラーは強力なものを装備しているが、暖房設備については、多分付いていない模様。さすが沖縄である。もっと詳しい事を知りたい方は、沖縄都市モノレール株式会社のホームページへ。 | |||||||||||||||
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超伝導リニアのガイドウェイ方式の一つ。 両側に設けられた側壁に推進用コイル、道床面に浮上用コイルを配したもの。ガイドウェイの断面がU字型に見えるからこの名がある。 現在、山梨実験線で採用されている。中央リニア新幹線もこの方式で建設される予定。勿論、中央リニア新幹線自体の完成目処は全く立っていないが。 | |||||||||||||||
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EF63型機関車の台車に、速度検出の為だけに設けられた小型の車輪。 主車輪が坂道でスリップしても、この車輪はきちんとレールに粘着し、正しい速度を検出する事ができるようになっている。 | |||||||||||||||
| ドーバー海峡トンネルを抜けて、イギリスとフランスまたはドイツを結ぶ特急列車の愛称名。車輌性能はTGVに準じており、最高時速は約300km/hである。 | |||||||||||||||
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「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。 向こう側の座席から娘が立って来て、 『駅長さあん、駅長さあん。』 明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮をたれていた。」 ……という書き出しで始まる、川端康成畢生の名作。ノーベル文学賞受賞作品。最も美しい、鉄道を舞台にした書き出しを持つ小説と言っても過言ではないだろう。 この信号所のモデルになった駅は実在し、上越線の土樽駅である。『国境の長いトンネル』とは勿論、 尚、もうしばらく読み進むと、こんな見事な鉄道に関する描写に行き当たる。 「ラッセルを三台備えて雪を待つ、国境の山であった。トンネルの南北から、電力による雪崩報知線が通じた。除雪人夫延べ人員五千名に加えて消防組青年団の延べ人員二千名の出動の手配がもう整っていた。」 臨場感に溢れた冬の夜の情景が、見事なまでに展開されている。 | |||||||||||||||
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JR東日本が臨時列車用に製造した、超豪華な寝台列車。とは言っても、たった3輌編成であり、他の寝台編成に組み込まれて使われるのが常である。 1号車はダイニングカー。4人用個室まである食堂車で、編成の最端部。180°のパノラマを見ながら食事が出来る。 2号車はラウンジカー。車内には、アップライトではあるが自動演奏可能なピアノも備え付けられ、ヨーロッパ一の超豪華列車オリエントエクスプレスさながらである。 3号車はデラックス・スリーパー・カーで、車体の長さ20mに対し、個室はたったの3つ! うち一つが、日本一の豪華さを誇る、エクセレント・スイートで、何と、ベッドルームとリビングが別になっているのだ!!!!!!寝台列車の常識ではあり得ない事である。車内はピンク色で統一され、木製の家具などで落ち着いた雰囲気になっている。お値段も、さすがに、日本一となっていて、トワイライトやカシオペアのスイートより値が張るが、夢を壊すので伏せておきましょう(笑)。 あとの二つがスーペリア・ツインで、こちらも当然豪華。お値段は、スイートと同じ\50980である。さすがにベッドルームに、2人掛けソファが置かれているという形だが、やはり広い。こちらのテーマカラーはスカイブルー。 | |||||||||||||||
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@ 東京都の都鳥。雅称はみやこどり。カモメの一種で、夏にユーラシア大陸で繁殖して日本で越冬する。 A 東京の新橋から、レインボーブリッジを越えて、お台場を通り、国際展示場・有明までを結ぶ新交通システムの愛称名。無人自動走行であり、駅までもがほぼ無人化されている。 | |||||||||||||||
| 回生ブレーキの一つ。下り坂などで、列車の速度がある決められた速度以上にならないようにするブレーキであり、電動機の抵抗を使って抑速する。代表的な例は、碓氷峠のシェルパEF63型機関車が峠を下る際に常使用していた。 | |||||||||||||||
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旧信越本線横川−軽井沢間の愛称名。読み方はそのまま「よこかる」。 間に、鳴くべ鳴かずの峠、碓氷峠が横たわっていて、最大66.7‰という勾配があった。 1997年9月30日、翌日からの北陸新幹線開業に合わせて、104年の歴史に幕を下ろした。 | |||||||||||||||
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昭和43年10月の、国鉄ダイヤ大改正の事。ヨン・サン・トウの大改正。 この改正により『L特急』が生まれ、幹線は勿論、亜幹線にも特急が数多く走るようになった。 国鉄がようやくスピードアップの重要性に気付き、優等列車の大増発を行った事として有名。しかし、地方ローカル線は今までのように見捨てられたままであり、20年後の国鉄解体に向けてまっしぐらに進み続ける事となる。 | |||||||||||||||
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急勾配を上り下りする鉄道で使われる、鋸歯状の凹凸が付いたレール。急な坂でもスリップせずに上り下りできるよう、機関車の車輪に付いた歯車を、このラックレールに噛み合わせながら走行する。普通の二本のレールの中間に敷設する。 ラックレールを使用する代表的な方式に、アプト式、ロッハー式、リッゲンバッハ式、シュトループ式などがある。 | |||||||||||||||
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線路の雪かきをする車輌の一種。雪を両側へ押しのけて進めるよう、先端は鋼板で覆われている。また、より広い範囲の雪を押しのけられるように、可動式の羽根を持つものもある。 現在、最も一般的なラッセル車はDE15型であろう。 | |||||||||||||||
シート | 背もたれの部分が可動式になっており、角度を調節できる椅子。JRでは、ほとんどの特急車輌や急行車輌に装備された。夜行列車用に用いられる車輌の中には、かなり大きく倒れる車輌もあり、横になっているのと近いくらいの角度で眠る事ができる。 | ||||||||||||||
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ニクラウス・リッゲンバッハが考案した、ラックレール式鉄道の一。梯子のような形状のラックレールが特徴。 日本で採用された例はないが、スイスでは最も一般的な方式で、シーニゲプラッテ鉄道、ヴェンゲルンアルプ鉄道、ベルナー・オーバラント鉄道などで採用されている。 | |||||||||||||||
モーターカー |
日本名は磁気浮上式鉄道。その名の通り、電磁石と永久磁石を用いて、磁石が反発・吸引する力でガイドウェイ上から浮上し、また推進する。 日本では、昭和40年代、新幹線開通間もない頃から、東京の国立にある国鉄の研究所で、浮上式鉄道の研究が始まり、宮崎の実験線では、ML001型と呼ばれる無人のリニアモーターカーが、その後20年間にも亘って、鉄道の世界最高速度となった517km/hを叩き出した。 現在では、山梨にさらに大規模なリニアの実験線が作られ、宮崎では出来なかった、トンネル走行や、すれ違いの実験など、様々な実験が重ねられている。最高速度も、宮崎を遥かに凌ぎ、宮崎の後、しばらく世界最高速度を取って代わっていたフランスTGVの515.3km/hをさらに引き離す、552km/hを打ち立てた。 すれ違い実験でも、相対速度1003km/h (つまり、向かって来る列車の速度とこっちの列車の速度の和が1003km/hという事) という、前代未聞での実験をクリアし、一時は21世紀初頭にも、この夢の超特急が、現実のものとなるのではと思われていた。 しかし、国鉄から事業を受け継いだJR東海は、全く実用化の目処を立てられずに、現在に至っている。東海道新幹線が老朽化し、しばらくリフレッシュ工事をする時、リニアがあれば東京−名古屋−大阪間の輸送は難なく可能だが、無ければ、一体代替輸送をどうするつもりなのだろう??? JR東海の気が知れない。これから先、リニアが無くて痛い目に遭うのは自分たちなのに…。 | ||||||||||||||
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台検の際に、列車を台車部分と車体部分に分割する為のジャッキ。 列車は、複雑な造りではあるが台車を外すのは簡単で、車体の四隅に金具を引っ掛けてジャッキアップすると、それだけで上と下に分解する。 | |||||||||||||||
ティファニー 庭園美術館前 | 島根県の一畑鉄道にある駅名。文字数では日本一長い。但し、音節数では、南阿蘇鉄道の南阿蘇水の生まれる里白水高原、鹿島臨海鉄道の長者ヶ浜潮騒はまなす公園前に次いで、日本第三位となっている。 | ||||||||||||||
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鉄道が急勾配を上り下りする為の仕組みの一つ。 一周円を描いて線路を敷く事で、勾配を緩和し、直線では急な勾配となる区間にでも線路が敷ける。最近では、道路橋にも採用されている。 日本の鉄道では、肥薩線 (大畑−真幸)、土佐くろしお鉄道 (若井− | |||||||||||||||
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略称、TID(Traffic Information Display)。 指令所には各列車から、膨大な量の運行状況が集められるが、それをリアルタイムで駅や乗務員区所に表示する装置。 | |||||||||||||||
| 水平の事。鉄道路線で、傾斜が無い区間の事を『レベル区間』と呼ぶ。 | |||||||||||||||
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線路の雪かきをする車輌の一種。 雪を集める羽根と、回転するオーガ、そして雪を投げ飛ばすブロワを持ち、推進しながら線路に積もった雪を除雪できる。ただ雪をかき分けるだけのラッセル車とは異なり、雪を遠くへ飛ばせる為、側雪の問題が解消される。 | |||||||||||||||
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1人用個室寝台のうち、最も高級なもの。部屋には、デスクやテレビは勿論、シャワーやトイレまで装備されている。まさに、動く高級ビジネスホテルと言えるだろう。 北斗星やトワイライトエクスプレスに連結されており、かなりのプラチナチケットとなっている。 | |||||||||||||||
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お召し列車牽引用と指定された機関車の事。最も有名なのは、EF58-61型機関車である。 さすがに、本番前には車体がピカピカに磨き上げられ、日本の国旗を前面に掲げられて、先払い列車 (つまりは、列車における露払い) が通った後に、お召し客車編成を牽引して堂々と進行する。 | |||||||||||||||
| 我らが碓氷峠の鉄道が現役時代、昭和38年9月30日から (正式なアプト廃止が9月29日なので、この日を表記しました) 平成9年9月30日まで、通行する全列車の補機として活躍したEF63型機関車の愛称。重量108t、B−B−B配置で、峠に挑む様々な工夫が、車体の要所に為されていた。あくまで碓氷峠専用の補機である為、全検などの時以外は、横川−軽井沢間11.2kmでのみしかお目にかかる事は出来なかった。 | |||||||||||||||
(ロッヘル式) |
エドアー・ロッハー・フロイラーが考案した、ラックレール式鉄道の一。左右両側に凹凸があるラックレールを、機関車に取り付けられた2つの歯車で横から挟むので、上から抑え付ける方式に比べて安定性が高い。しかし機構上、通常のポイントを造る事ができず、トラバーサー方式を採らなくてはならないなど、構造が非常に複雑である。 世界一の急勾配を持つ、スイスのピラトゥス鉄道 (最急勾配480パーミル) が採用している方法。尚、ロッハー式の採用例は、ピラトゥス鉄道のみである。 | ||||||||||||||
| →シート参照。 | |||||||||||||||
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通常のレールは25mであるが、それを何本も溶接して長くしたレール。継ぎ目での振動が無くなるので、乗り心地や騒音が向上する。乗っていて「カタン、カタン」という音が聞こえない場合は、ロングレール上を走っていると考えて先ず間違いない。新幹線では全線にロングレールを使用しており、在来線や私鉄にも、かなり普及してきている。 ギネスにも載っている世界最長のロングレールは、世界最長のトンネルである青函トンネルの中にある。入口近くから出口近くまでの52.57kmが、スーパーロングレールと呼ばれる一本のレールとなっているのだ。 普通は数km毎に継ぎ目を設けているが、そうでないと、直射日光や外気温変化によるレールの伸縮で、レールそのものが曲がってしまうのだ。青函トンネルが一本のレールで大丈夫なのは、トンネルの中だから直射日光も当たらず、しかも海の底なので、年中大体温度が一定であるためである。 | |||||||||||||||
| 複線以上の路線で、互いの線路を行き来できるようにポイントを配したもの。片渡り線と両渡り線に大別される。 |