僕は、秋田に一つ心残りを置いてきた。それは右下の写真の駅弁、鰰すめしだ。
有名な「塩魚汁」の材料であるこの魚は、甘露煮にしても最高に美味い。鰰すめしも、美味い駅弁ベスト50で、堂々の第4位を獲得している。日本海の海の幸の味は皆が認めるところだ。
しかし、僕は秋田駅に21時30分に着き、翌朝6時前に出てしまったのでこの駅弁が買えなかったのだ。普通なら涙を飲んで諦めるところだが、僕はある可能性に懸ける事にした。 |
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車内販売である。こまちは、はやてと連結作業をするから、時刻表では2分停車となっている。その時間を利用してこまちの車内販売員を捜し出し、秋田駅で積み込んできているはずの鰰すめしを買おうという魂胆だ。
但し、もし万が一発車に間に合わなければ次の停車駅は仙台。全てが崩れ落ちる。相当に危険な橋を渡る事になるが、鰰すめしへの情熱は僕に、そんな危険を冒しても構わないという結論を与えた。 |
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2時間後、僕は上り東北本線小牛田行き車内で、一ノ関駅で買ったまつたけめしを食べていた。横には、空になった鰰すめしの箱が置かれている。
さっきの結末はあっけなかった。意気込んで列車に駆け込もうとした僕の目に、ふと車内販売のワゴンが列車から出て来るのが留まった。何と、秋田からの車内販売は盛岡で終わり、ここから先は盛岡の車内販売員が乗り込むのだ。出てきた車内販売員に「鰰すめしは売れ残っていませんか?」と訊くと、一旦は「全部売り切れました」との返事だったが、どこからか一つだけ調達してくれた。
僕は有り難く鰰すめしを受け取り、秋田での心残りを晴らしたのだった。 |
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鰰すめしは、柔らかい鰰の甘露煮が美味い逸品で、オリジナリティーにも富んでいたが、美味い駅弁ベスト50の第4位ほどなのかという感が無い事もない。
一方まつたけめしは、香り豊かな松茸がしっかり弁当の主役として居座っている駅弁で、炊き込みご飯の味が美味かった。これは駅弁として素晴らしいと思う。美味い駅弁ベスト50ではランク外なのが不思議なくらいだ。
さて、仙台、岩沼と乗り継いで、やって来たのは槻木駅。ここから、しばらくJRと別れて阿武隈急行に乗り、再びJRに合流する福島駅に向かう。
仙台市付近は、もうすぐSuicaを導入する事に決まっているので、阿武隈急行の起点・槻木駅にも電波探知装置付きの自動改札機が設置されていた。 |
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しかし、阿武隈急行はローカル線というイメージの強い路線で、特に、第三セクター化後に敷かれた丸森駅以南は、終始阿武隈川に沿って走るので景観も素晴らしい。
ここで、少し昔話をしよう。前出の丸森駅は昭和61年、福島−槻木間全通まで「丸森線」の終着駅であった。元々、福島までの路線延長計画はあったものの、国鉄再建法により工事は凍結、丸森から先は長らく未成線であった。
しかし、その丸森まで鉄道を誘致するだけでも一苦労で、当時の丸森町長は丸森線開通の直前に突然死している。鉄道誘致の成功と多分に関係があるに違いない。土木関係の仕事は用地獲得という難しい作業があるだけに、やり遂げた際に「ホッ」と気が抜けてしまう大きさも大きいのだろう。 |
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……というのは僕の調査したところなどではなく、宮脇俊三先生の「線路のない時刻表」に依った。
丸森は地図で見ると一目瞭然、阿武隈川が両側を山に挟まれた所から平野に流れ出る地点である。しかし、そのような事情から、丸森から先と後で地形は大きく変わるのに線形に大きな違いがないのが面白い。
つまり、丸森までの平野部は、古い技術で敷かれたが平野部なのでそんなカーブは多くなく、丸森から先の山間部も、近代的な技術で敷かれたので山がせり出している部分はトンネルを多用しているからそんなカーブは多くない。結果的に、概して阿武隈急行の線形は良好である。 |
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あぶくま駅を過ぎ、長いトンネルを抜けると福島県に入る。
福島盆地に入り、再び平野部を走り出す辺りに、鹿島臨海鉄道の「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」駅に抜かれるまで、駅名の長さ日本一を誇った「やながわ希望の森公園前」駅がある。長らく日本一だった国鉄の「岩原スキー場前」駅を抜いた、由緒ある歴史を持つ駅である。これも、苦労して鉄道誘致を勝ち取った事に対する喜びの表れであろうか?
福島着は18時2分、JRのホームからは離れた、福島交通飯坂線との共有ホームに着いた。 |
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福島交通は、以前は福島市内に数多くの路線を営業していたが、年々減って、僕が生まれた頃には既にこの飯坂線のみになっていた。この路線も、元は飯坂温泉への客を運んだ観光路線であったが、今では殆ど通勤通学路線になってしまっている。
成金たちが女の子たちを連れて飯坂で豪遊した時代は終わったのだろうか?
しかし、一昔前の単行ディーゼル時代なら雰囲気も出ようが、ステンレス製の電車ではムードも出まい。東京などで使われていた通勤型電車を払い下げて使っているに違いない。さすがに、この時間では利用客が多く、車内には立っている人も多数いた。 |
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再び東北本線上り列車に乗る。福島−郡山間では眺めのよい区間が続くが、既に日は落ちていてその車窓風景に浸る事はできなかった。
この間に、仙台で買った駅弁「鮭はらこめし」を食す。2004年から千円札の肖像に使用される事になった野口英世博士を記念するラベルのビールを飲みながら食べたが、さすがは東北を代表する駅弁、シンプルであり、且つ美味い。僕はこういう、ゴチャゴチャ余計なものが入らずに、客に食って欲しいモンだけドンと入れた駅弁が一番好きだ。調製元も、たった一品に全てを懸けられるから、美味しいものが多いのだろう。 |
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郡山から磐越西線に乗り換えて会津若松に向かう。使われていたのは元急行用の455系。だから先頭車にはグリーン用座席もあって、勿論この列車は全車普通車でグリーン券無しに利用する事ができたから、せっかくなのでその、元グリーン席で暫しの間、豪華な気分を味わう。
会津若松の宿は事前に何も調べていなかったので、駅前のα-1というビジネスホテルに泊まる。いよいよJR全線完乗を明後日に控え、この旅も折り返し点を迎えた事だし、少しばかり高かったが (6千円弱) 宿を探すのもしんどいので、我慢して泊まる事にした。
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