8時27分に大館到着。大館では美味い駅弁ベスト50で堂々の第3位に輝いた「鶏めし」を購入。付け合わせのサヤインゲンに味が無いような気がしたが、鶏めしそのものは文句なしの美味さ。日本三大美味鶏の一つである比内地鶏の肉を使用しているという(他の二つは名古屋コーチンと薩摩シャモ)。
また大館と言えば、渋谷の駅前で帰らぬ主人をいつまでも待つ事で知られた秋田犬の忠犬ノン公……もとい、忠犬ハチ公のふるさとであり(因みにノン公は柴犬雑種)、駅の至る所に銅像が建っていたり、人形が置かれていた。ハチは大館が生んだ、誰もが認める日本一の名犬であろう。
しかし、我が心の師である宮脇俊三先生に依れば、老いたハチが渋谷の駅前でいつまでも佇んでいたのは、主人を待つ為ではなく、そんなハチ公を可愛がる駅周辺の人たちが与えるエサ(駄菓子や焼き鳥までもらっていたらしい。これらは宮脇俊三先生の「時刻表昭和史」に詳しい)の御陰という感じがあったそうだが。 |
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大館からは奥羽本線普通列車の乗り継ぎが非常に悪く、次まで待つと10時5分発になってしまうので、ここは8時39分発、上野発青森行きの寝台特急「あけぼの」に乗る。この列車は寝台特急であり、普通は特急券の他に寝台券が要るが、秋田県の羽後本荘から終点青森までの間は、立席特急券(自由席特急券と同じ価格)でB寝台に乗車する事が出来るのだ。こういう寝台特急の使用法を「昼寝」というらしい。他にも、大阪と青森・函館を結ぶ日本海や、大阪と九州を結ぶ彗星・なは・あかつき、東京と九州を結ぶ富士・さくら・はやぶさ・あさかぜ、東京と山陰を結ぶ出雲などに、この「昼寝」が認められている区間がある。勿論、認められている区間以外での立席特急券による乗車は不正乗車と見なされ、そうでなくても寝台券(最低¥6300)は必ず買わされるので注意したい。 |
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さて、このまま寝台車に揺られていれば五能線の列車が発着する弘前まで行けるのだが、次の五能線の時間に充分な余裕がある。それに、特急は乗れば乗るほど金もかかるので、弘前の二駅前の大鰐温泉で途中下車した。大鰐温泉は、12世紀……つまり平安時代の終わりにはもう発見されていたと言われる歴史ある温泉である。
次の列車は1時間後だというのに降りたのには訳があり、この大鰐温泉駅からは私鉄の弘南鉄道が分岐しているのだ。駅の記念スタンプを押して跨線橋を渡ると、鄙びたホームに2輌編成のステンレスカーが停まっていた。これが弘南鉄道中央弘前行きの普通列車である。尤も、この車輌は元からこの弘南鉄道が使っていたものでなく、首都圏の私鉄から払い下げられた中古車である。 |
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一歩踏み出す度に、ギシギシと今にも壊れそうで不気味な音を立てる階段を下ると、横手に窓口があって駅員さんが座っていた。駅員さんとは言っても、恐らくは嘱託の方であろう。大鰐線の終点中央弘前までの硬券切符を買って390円を支払ったら「次の発車は9時20分ですからね」と、丁寧に説明してくれた。
弘南鉄道では、各編成毎の列車に愛称名を付けているようで、快速として運用されている右上の写真の列車なら「いでゆ」、途中ですれ違った列車には「つがる」などという愛称が付いていた。しかし何故か、僕の乗った列車にはヘッドマークが無かったのである。 |
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この時間でも30分に一本は運行されているだけあり、利用客は少なくない。昼間は一時間に一本になるが、このローカル線でよく頑張っていると思う。途中の駅でも、かなり何度も反対列車との対向を行った。
途中、石川プール前という駅では先生と思しき女性に連れられた数人の子供たちが降車した。目の前には駅名の由来であるらしき町営の温水プールしかなかったから、そこに行くのであろう。次の石川駅には、構内に無惨な姿で廃車体が風雨に曝されていた。城南という駅では、快速も停まらないのに嘱託の駅員がいて、運転士に小包のような物を手渡していた。 |
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そうしてリンゴ畑の中を揺られるうち、車窓が少しばかり賑わって9時50分中央弘前到着。改札で記念に乗車券が欲しい旨を言うと、快く承諾してもらった。恐らくはそんな奴が多いからであろう。途中で2件旅行貯金をしながら、弘前城経由でJRの弘前駅まで歩く。
ところで、道すがら何だか分からない実が、道の並木に付いているのを見付けた。植物をはじめ生物全般が極度に疎い僕には、これが何であるかサッパリ見当も付かない。弘前はリンゴの街であるが、まさかリンゴの一種とも思えぬ。果たしてこの実は一体???
弘前城の堀では、多くの鯉たちが編隊を組んで泳いでいるのを見ていたが、もっとよく見てみようと柵から身を乗り出した瞬間、恐らく50匹はいるだろう鯉たちが一斉に僕の方に集まり、口を水上に突き出し始めた。 |
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つまりは、条件反射なのだろう。ここを通る人たちが柵から身を乗り出して鯉たちにエサをやり続けた結果、鯉たちはそういう人を見ればエサをもらえるの事だと覚えてしまった。それにしても、これほど多くの鯉たちに共通の習慣が付いていると、知らずに覗き込んだ者にとっては世にも凄まじい光景と映る。
やはり、余裕を持ってJR弘前駅に着いたので、駅前の古本屋で宮脇俊三氏の本を探している折、偶然に沢木耕太郎の「深夜特急」を見付けて購入。6冊セットで¥600であった。しかし、それによって手持ち最後の千円札を使い切ってしまった事に気付き、慌てて駅前郵便局へ駆け込み、ギリギリのところで11時17分発の鰺ヶ沢行きに乗り込んだ。 |
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弘前の次の撫牛子は難読駅名で名高い。短い停車時間中に、駅名看板をカメラに収めた。
ところでこの列車の始発はこの弘前だが、五能線への分岐駅は弘前ではなく弘前から二つ目の川部である。ただ、五能線の列車に川部始発若しくは川部終着というのは無い。
この駅から五能線に入る為に、弘前方面から来た列車は方向転換を要する。約7分間の停車の後、いよいよ未乗線区中最長距離となった五能線に入った。よくよく考えてみると、3年半前にはJRの全169線区中、完乗しているのは大阪環状線と関西空港線など5線区のみという状態だった。無論、部分的に乗破している路線がなかった訳ではないが、ほんの僅かであった。而るに、よくもここまで来られたものである。 |
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さて、この時点で僕のデジカメは、携行していた記憶媒体(コンパクトフラッシュ)を2枚とも殆ど使い切り、もうこれ以上撮れないという状態であった。何が何でもパソコンを起動してデータを移さなければならなかったのだが、パソコンはバッテリー切れでダウン中。これはマズイ事態になったと思っていたのだが、JR五所川原駅ホームの端にコンセントを発見。人目に付きにくい場所だったので、誠に申し訳ないが盗電してパソコンを起動し、記憶媒体からデータを移送し、同時に携帯電話・MD・単三充電池などをタコ足配線にて一挙に充電した。
旅をしていて何が困るかと言われれば、電力の補給が一番だが、この補給はかなり効いた。五所川原駅員の皆々様方、申し訳ありませんでした。 |
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さて五所川原駅からは、いよいよこの旅の白眉でもある、リゾートしらかみ乗車だ。
リゾートしらかみは、五能線のクルージングトレインとしてつい最近デビューした展望型気動車列車である。あまりの好評の為、この夏にはもう一編成が増備され、それぞれ区別する為に「青池」「橅」という愛称名も付けられた。
僕が乗ったのは青池編成、そして右の写真が橅編成である。基本的な内装などは同じようだが、外観は異なる部分も多く、是非次は橅編成にも乗ってみたいと思う。因みにそれぞれの名の由来は、「青池」は沿線にある十二湖の代名詞とも言うべき神秘的な湖の名、「橅」は白神山地の大部分を占めるのが橅の原生林である事からであろう。 |
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このリゾートしらかみは、展望性に非常に優れた列車で、まず、窓が大きい!多分、小田急相互乗り入れの特急「あさぎり」用車輌にも引けを取らないと思う。座席に座ると、膝の当たりから天井のすぐ下まで、また前の座席の背もたれから自分の座席の背もたれまで、全部窓である。こんな広さを独り占めして良いのかと思いたくなるほどで、しかも長い時間美しい海を眺められるから、気分は極上の中の極上である。
また、中間の2・3号車は4人用簡易コンパートメントなので、友達との旅行などには是非こちらを利用したい。無論、国鉄時代からの気動車を改造したのだが、もはやその面影は全くなく、新造車のようである。デザインも現代的だ。 |
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五所川原駅を出た所から、車内では津軽民謡のライブが行われる。編成先頭のサロンスペースで、地元の方が津軽三味線の演奏及び民謡の熱唱をしてくれる。3、4曲ほどだが、目の前で繰り広げられたなかなか見事な三味線の腕前に聴き入っていた。
写真は「津軽りんご節」の演奏中である。歌声及び三味線の音は、マイクで全車輌に流される。また、この車内では全員が手拍子を打ちながら楽しんだ。
おかーさんたちは鰺ヶ沢で早くも下車。これから、弘前方面に戻る列車の中でもう一回ライブをするのだという。忙しない話だが、効率的であるから納得はいく。また、恐らくこれはパートの仕事であり、ご家庭の事もあるだろうから、夕餉時には帰らなくてはならないのだろう。 |
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ライブの最中、つまり鰺ヶ沢までは果てしなく続く水田の真ん中を走っていたが、鰺ヶ沢の少し手前で海岸線に出る。ここから能代の手前までは、ずっとずっと海沿いを走る事になる。
廃線指定を受けかけた歴史もある五能線だが、廃止にならなかった大きな理由に、沿線風景があまりにも素晴らしいから、観光客の誘致に成功したという点が挙げられる。このリゾートしらかみ、また、その前に走っていたノスタルジックビュートレインもそうだが、沿線の観光地や企業と提携して、積極的に観光客を沿線で途中下車をさせようと努力した。沿線には白神山地、十二湖など、未開の観光地があった事も流れに棹さし、試みは見事に成功、五能線は見事存続と相成ったのである。 |
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しかし、よく廃止にならなかったものだと思わずにはいられない。駅付近には確かに集落があるのだが、駅から1kmも走らないうちに車窓から人家は一切消え、右手には海、左手には山という構図が続く。一体どこに人が住んでいるのか心配になるほどである。
だが、こうして現在まで存続したのは勿論観光客のおかげもあろうが、地元の方々が利用しているからに他ならない。
今日は風もなく、夕暮れ時という事もあって海は夕凪、殆ど波などなかったが、冬の荒海というイメージの強い日本海の、こういった姿もまた良いものだと思った。 |
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去年の夏乗った土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線も素晴らしい海の眺めだったが、あっちは単調な海岸線をひたすらまっすぐ走るという感じで、また、開業してから僅か一ヶ月だったから、殆どローカル色は感じられなかった。
だが、こっちは根っからの超ローカル線だ。出入りの激しい海岸線に沿ってカーブを描き、4輌編成のディーゼルが走る……絵になる事この上ない。
ちょっと海岸線を離れたかな、と思っても、鄙びた小さな駅を通過すると眼前に輝く水面が開け、再び大海原の根際までせり出すように走る。 |
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