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碓氷峠の夏旅手帳
End of the First Voyage 〜1つ目の航海の終わりに〜
未成年
 JR全線完乗の旅
 東北・関東残存路線一掃
 山手線代々木−原宿間乗破にて、
 3年半の完乗旅行、ここに完結!
 

目 次
1日目 疲れとの戦い 東海道上京、水郡線、3度目の一ノ関、初めましてカシオペア!
2日目 海と夕陽の五能線 花輪線、弘南鉄道、津軽鉄道、リゾートしらかみ、なまはげ
3日目 東北駅弁三昧 田沢湖線鈍行旅、はやて、鰰すめし、阿武隈急行
4日目 JR全線完乗前日 只見線、越後湯の沢、DDL湘南ライナー、…あと1.6km…
5日目 JR全線完乗!!! スーパービュー踊り子、線路は続くよどこまでも

0日目 … 出発前日
 2003年9月1日、東山は美しい朝焼けであった。これから雨になるのか、そんな事は知る由もなかったが、3年半のドラマの集大成が始まる朝に相応しいものであった。
 旅の前はいつもいつもの事ながら、本当に忙しい。この日も例に漏れないが、あまり思い出したくないのでここには記さない。
 疲れていたのだろうと思う。この時は、これから旅に出られる楽しさが何よりも勝っているので気付かなかったが、多分やる事があり過ぎて、気持ちの安らぐ間もなかった日々が、僕をある程度打ちのめしていたのだろうと思う。
 夜になっても僕の運勢は変わらなかった。何をやってもどこかで綻びが出る。
東山の朝焼け
 この日は伏見で家庭教師のバイトだったのだが、バイト先から直接旅に出るつもりだったので、最寄り駅のコインロッカーに荷物を預けておいたら、案の定それを忘れて東福寺まで行ってしまった。元々、相当ギリギリな時刻にしかバイト先を出られなかったので、この時点でムーンライトながらに乗り継げる在来線の最終連絡を逃す。
 荷物を取りに戻って、東福寺まで戻ろうとしたが、ちょうど良い時間に列車が無く七条から歩いた。もうこの時点では、どうにでもなれ、くらいにしか旅程の事を思えなかった。
 結局、米原乗り換えでもムーンライトながら乗り換え最終連絡の在来線には間に合わず、名古屋まで新幹線を使用する事になった。東海道新幹線に乗るのは、中学校の修学旅行以来5年ぶりだ。ガラガラの車内に荷物を置いて、洗面所で携帯や電池の充電をした。
京都駅で並んだ700系のぞみ
1日目 … 疲れとの戦い
 名古屋駅で無事ムーンライトながらに乗り換え、前かぶをしているうちに日付が変わった。既に下り線は最終列車が行ってしまっており、すれ違うのは貨物列車ばかりであった。
 指定券は取っていなかったので、運転席のすぐ後ろで荷物を抱き抱えながら眠った。
いわき駅の「うにめし」
 途中何度か目を覚ましたが、床寝にしてはよく眠れて東京へ着いた。定刻通り、2003年9月2日4時42分である。とは言っても、まだ5時前であるから、完全な睡眠不足である。2分の乗り換え時間で山手線内回りの列車に乗り込み、上野で常磐線のいわき行きに転がり込んで、深い眠りに就いた。
 起きたら、既に日立を出たところだった。それからもうとうとし続け、8時34分、いわきに到着。これにて、常磐線完乗である。
 別にこのまま8時40分発の折り返し上野行きに乗っても良かったのだが、ここはいわきで降りてみたくなり途中下車した。
いわき駅に停車中の「ゆう」
 いわき駅には、一年前の夏にも来た事がある。あの時は仙台へ部活の試合に向かう為、磐越東線から常磐線に乗り換えた。しかし、乗り換え時間が10分しかなかった事もあってか、ほとんどこの駅の記憶は無い。
 何はともあれ、まずは旅行貯金だ。いわき郵便局は駅から結構な距離の所にあったので、歩いているうちに9時になって、ちょうど良かった。貯金関係の窓口は、9時になれば開かないのである。
 駅に戻って、駅前にある「住吉屋」で駅弁の「うにめし」を買う。愛想の良いおかーさんと暫し話してから、駅に戻った。
 そして、みどりの窓口で今後使う指定券を買い求めたのだが、この際、不覚にもみどりの窓口の前に、愛用していた時刻表を置き忘れてしまったのだ。時刻表に「愛用」とは、些か誇張表現かも知れないが、7月からどの旅にも欠かさず携行し、また、暇さえあればページを繰って旅程を立てていた物であるから、単なる時刻表とは(いえど)も、大変思い出深い本なのである。
植田駅に進入するスーパーひたち
 時刻表の置き忘れに気付いたのは、いわきを出てしばらくした列車の中だった。何とかなるかと植田駅で降りたが、駅員に「次に列車に積んで持ってきてもらえないか」と頼んでも「一切受け付けていない」との答え。JR九州は今年の春、菜の花さがしで、指宿枕崎線の山川駅に置き忘れた僕の旅手帳を隣の指宿駅まで運んでくれたのだが、JR東日本は冷たいと言おうか、トラブルを起こさない為に社訓に忠実と言おうか、冷酷な返答である。
 駅備え付けの時刻表で調べたが、取りに戻っていてはこれからの行程に大きな支障を来す。涙を飲んで、ここは時刻表を見捨てる事にした。
訓練車として余生を過ごすボンネット485系
 疲れていたのだろう。それに尽きる。しかし、ここで時刻表を失って僕は吹っ切れた。ようやく、ここしばらくの忙しない生活の余韻から解き放たれた気がした。結果としてこの時刻表は、異郷の地で我が身を犠牲にしながら、僕に、かけがえのない自由を与えてくれたのだった。
 水戸で乗り換え、水郡線に入る。水戸では途中下車がてらに旅行貯金をしてみたが、駅前も何という事はない地方都市だった。
 さて、この水郡線は、名前の通り水戸と郡山を結ぶ路線だが、途中の上菅谷から常陸太田への支線が分岐している。まずはこの支線を乗破せねばならない。常陸太田は、常磐線の大甕(おおみか)駅で接続する日立電鉄の終着駅である常北太田駅に接しており、当初は日立電鉄を利用して効率的に水郡線・常磐線を乗破しようと考えていたが、水郡線で乗車予定の列車が季節臨時になってしまった為、敢えなくこの計画はボツとなった。
常北太田駅に佇む日立電鉄車輌
 常陸太田を出て、先程も乗り換えた上菅谷で郡山行きに再び乗り換える。列車は単調な田圃・畑・住宅地の繰り返しの中を走る。車窓が単調な上、単線でロングレール化されていないので、継ぎ目の音が眠気を誘う。良い天気ではあるし起きていようとは思ったが、とうとう常陸大子(だいご)付近から、水郡線が東北本線と合流する安積永盛の手前までを無意識で過ごした。
 郡山の駅前に立つ、建物上層の大きな球体が特徴的なビルを望みながら、水戸出発から4時間余りで水郡線完乗。正確には、一つ手前の安積永盛で水郡線は終点であるからその時点で完乗だが、水郡線の全ての列車は郡山から発着しているし、水『郡』線と言うくらいだからこれでも良いだろう。
水郡線用ディーゼルカーのロゴ
 郡山では乗り換え時間が5分しか無く、16時31分に発車。朝、いわき駅のうにめしを食って以来飲まず食わずだから既に空腹だったが、これでは駅弁も買えない。でもこの時は、午前中は殆ど寝ていたし、これからは東北本線を北上するんだから大きな駅も多く、また米所だから美味い駅弁が買えるぞ…と思っていたのだが。
 次の乗り換えである福島では10分の時間を有効活用できずに買えず、仙台では4分乗り換えの間に改札口まで出て探したが駅弁屋そのものが見付からず、とうとう時刻は19時を回った。
 仕方なく、19時40分着から7分間停車の小牛田駅の売店でパンを購入。ついでに、昼間失ったJTB時刻表の一時的な代用として、小型版の時刻表も購入した。
郡山駅には、磐梯山の壁画があった
 乗り換え時間が37分ある一ノ関で待望の駅弁を購入。21時で売店が閉まるので、駅弁は最後の二個だった。でも、いくら一ノ関は少しばかり大きな駅であるとはいっても、こんな時間まで売店を開けてくれていたのが嬉しくて、二つとも購入した。売店のおかーさん「よく開けていて下さいましたね」などと話す。
 一ノ関は僕の中で相当に印象が悪い土地となっている。なぜなら、初めて来た昨年夏、七帝の際には気仙沼線が路肩崩れで不通になっていて、やむなく千厩から一ノ関まで代替バスに乗ったら、一ノ関発の東北本線上りの普通列車がバスを待たずに発車してしまい、ムーンライトで帰宅できるはずが間に合わなくなって寝台特急を利用するしかなくなり、予定外の出費を被った。
 二度目の北への大志では、東北本線の下り列車で一ノ関に着いた熟睡中の僕を誰も起こしてはくれず、乗る予定だった大船渡線の列車を乗り過ごし、その日到達する予定だった釜石には行けないわ、(さかり)では駅寝をせねばならないわ、長旅の2日目から思わぬ体力を使わねばならなくなった。
一ノ関駅の「かにめし」(最後の一個)
 今回もきっと何かあるに違いないと用心していたが、切符を財布の小銭入れに入れてしまったのを忘れて、改札を出る際に、切符を落としたかと一瞬焦った以外は、全く何事も起こらずに予定通り盛岡に向かう事ができた。それどころか運良く駅弁を買えたのだから、三度目の正直とでも言うべきであろう。
 盛岡行きの普通の中で、早速かにめしを食べる。一ノ関駅の駅弁は、基本的にどれも美味い。美味い駅弁ランキングにも、いくつか名を連ねている。調製元の「あべちう」さんの企業努力の賜物である。
盛岡駅を出て行くカシオペア
 この日は野宿するつもりで、盛岡にて下車した。しかし、駅前をぶらついてみたが適当な寝場所がない。大通りを横切る地下道へ降りる階段は恰好の野宿場所だったのだが、妙な若者たちが(たむろ)していて、降りて行く気にはならなかった。
 寝場所を見付けられずに取りあえず駅へ戻ると、ちょうどカシオペアが入線する時刻であった。駅員さんに頼んで入れてもらい、初めてカシオペアに対面。短い停車時間だったが、編成の頭から最後尾まで走って要所を撮り、出発まで見送った。さらに、次にやってきた北斗星1号にも同じ事をした。カシオペア入線から20分で北斗星をも見送った僕は盛岡駅のホームを後にした。
これが北斗星のエンブレムだ
 先程の地下道を見てみたが、やはり連中はまだ屯していた。一体、こいつらは何を考えて人生を送っているのであろうか。尤も、学生の分際でJR完乗へと突っ走っている僕が言える立場ではないかも知れないが。
 諦めて駅前を見回すと、『一泊\2800』という文字が見えた。カプセルホテルである。
 貧乏旅行であり、今日一日の総移動費が\2300である僕だが、この金額なら払っても仕方ない。地下道で妙な奴らに絡まれるより余程マシである。それに、一度カプセルホテルというものを体験するのも悪くない。
 初めてのカプセルホテルを経験すべく、階段を上がっていく。受付で名前や住所など、非常に簡単な手続きを済ませると、案内されて奥へ。こちらです、と案内されたのは、細長い虫かご…といった感じの箱である。正直言って、始めはかなり驚いた。
北斗星牽引機の側面には流れ星のロゴ
 何度かこういうものだと聞いてはいたが、実際に見るとあまりにも聞いていた通りだったのだ。荷物をロッカーに入れてその虫かごに入ってみたが、これがなかなか快適である。中にはテレビやラジオがあり、細やかに光度調整のできる照明も付いている。また、僕の部屋のすぐ前にはたまたまコンセントがあったのでパソコンも使えたし、部屋の大きさから言えば\2800はかなり高いが、そう悪くはなかった。
 明日は5時前起きなので、ぼちぼち眠った。


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背景 : 未成年JR完乗旅行の思い出






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