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「でも、途中結構坂道あるんで、バスかタクシーの方が良いかも知れませんよ。」と言ってくれた係の人の言う事も聞かず、15kgの大荷物と共に西へ西へ、幻の特攻基地と呼ばれた飛行場があった、万世に向かう。
道は本当に坂ばかり。一山越えたので、もうそろそろかと思ったら、また道は上ってゆく。二山越えた所に、やっと「万世平和祈念館」への案内板があった。
ここからは割と平坦な道を海に向かって歩く。松林が視界いっぱいに広がり、遠くに吹上浜の水平線が空との甘い境界線を成している。陽は東天から僕をじりじり照らし、さっきまでの寒さがウソのようである。 |
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憧れの吹上浜を眺めて
万世平和記念館に行く前に、近くにある自転車橋、『サンセットブリッジ』に寄ってみた。自転車橋とは言え、かなり立派なPC (鉄筋コンクリート) 斜張橋で、サイクルシティを誓言する加世田市のサイクリングロードの中でも、最大のビュースポットとなっている。万之瀬川の河口に架かる全長405mのこの橋からの眺めは非常に素晴らしく、特に、西に海が広がっているために夕陽の眺めは最高であろう。勿論、日のある間ならいつでも、360°のパノラマで松原と海の調和を楽しむ事が出来る。 |
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サンセットブリッジからの眺め 松の濃緑と海の青の対比が素晴らしい |
大好きな橋の上で、荷物を枕に寝っ転がりながら海を眺める。こんな幸せあんまり無い。この橋なら、乗り物に轢かれたってそれは自転車なのだから、ケガすらする事はあるまい。時折通りかかる地元の方と、今日は良い天気ですねなどと話しながら、しばし借景に心を預けた。主塔の高さもなかなかのもので、橋好きの僕としてはA+の評価を差し上げたい。
万世平和祈念館
美しい風景に見とれてはいたが、忘れてはならないのが、ここがほんの数十年前、特攻基地であったという事実である。サンセットブリッジに別れを告げ、やって来たのが今日最大の目的地、万世平和祈念館。サンセットブリッジからは3分ほどの距離である。 |
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複葉機とは、上下に二枚以上の主翼を有する飛行機 (広辞苑第5版より)、つまり、ライト兄弟が創ったような、主に、まだ黎明期だった頃に造られた飛行機の事である。ここ、万世の基地から出撃した特攻機の中に複葉機は無かったはずだが、特攻の練習用に複葉機が多く用いられたのは事実である。
早速中に入ったが、ここでも非常に親切な嘱託職員のKさんに中を案内してもらった。入って先ず目に付くのは、吹上浜の数百メートル沖合から引き揚げられたという偵察機だ。50年もの間海底に埋まっていた訳だが、砂地に埋まっていたおかげで保存状態は非常に良く、ほぼ完全な形で展示されていた。勿論、全ての部品が引き揚げられた現物である。Kさんに言わせれば、これを展示する為に、この記念館を建てたようなものなのだという。この飛行機についてのみならず、他にももっともっと、語りたい事は山とあるのだが、ここは皆さんに実際に訪れてもらい、そして終戦直前にここで何があったのか、我が目で見て頂きたい。 |
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若桜 春をも待たで散りしゆく
嵐の中に枝を離れて 若尾達夫
まさに若桜である。僕と同い年、或いはまだ年下の者も含まれているのだ。これは、この旅を前にして読んだ数冊の本にて知った事なのだが、特攻隊員たちは何も、「お国のために」と、ただ敵艦目掛けて飛行機をぶつける事ばかり考えていた訳ではないようだ。反戦の意を強く持ち、自由主義に憧れつつ死んだ者の方が多いらしいのである。
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「まぁ〜〜〜、何分入ってたの?」
「え?25分くらいですね。」(自分では、ちょっと長めに入ったと思っていた)
「へぇ〜〜〜。それぐらいの時間でそんな汗出るなんて、若いわねぇ。」
いや、地元の方にはかないまへん。
汗をかいた後は、シャワーで砂やら汗を流して、大浴場へ。大した設備はないのだが、実に心地の良い風呂だった。2日分の疲れは皆吹き飛ぶ。壁に書かれた「旅人の手記より」という文章の中の、『湯の中では悪人も善人も皆善人となる』という言葉が印象的であった。 |
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風呂上がり
風呂から上がって、飲み放題のお茶で渇ききった喉を潤す。『酔い醒めの水千両と値が決まり』という川柳があるが、風呂上がりにも全く同じ事が言える。
ところで、この砂楽、かの有名な (笑) 金田正一元投手を、名誉館長にしているのだが、一体どういう理由なのだろう?傍には、薩摩半島を舞台にした、当時の朝の連続テレビ小説、『まんてん』のポスターが貼ってあった。
指宿駅まで、涼しい夕暮れの道を歩いて帰った。その道すがら、数軒の酒屋に立ち寄り、『吹上』を買い求めたが、どこの店でも、主人は酒の名を知っているのに置いていない。結局買えず仕舞いで西鹿児島に向かう。途中、喜入付近では、闇夜に、ライトアップされた巨大な石油備蓄タンクが浮かび上がっていた。
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西鹿児島駅は、つい最近新築された。今でも駅前広場は整備中で、市電乗り場とも非常に行き来しにくい状態であった。しかし、そうして建てられた新「西駅」は、赤を基調とした、かなり斬新なデザインとなっており、市の中心駅に相応しいものであった。
変わってゆくもの、のこっていくもの
しかも、ただ新しいだけではないのだ。改札口を出た所には、丈夫そうな木でできたベンチがあるが、これは、取り壊された駅舎の梁として使われていた材木を再利用したものである。書かれていた説明に依れば、樹齢100年の木は、切り倒されてからの寿命も100年なのだという。 |
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旧「西駅」は、築27年で取り壊された。梁に使われていた材木は、元々、樹齢約100年のものを使用していたという。という事は、この木はまだ、あと70年以上も寿命があるから、こうしてベンチとして蘇らせたのだと。木目の美しい、どっしりとした良いベンチだった。こういう、昔ながらの考え方を、これからも大切にしていかねばならないと思う。
駅を出て、市電に乗り、天文館通へ。降りるとすぐ目に付く、市電と直角に走っている最も華やかな通りが天文館通だ。僕は勿論、鹿児島名物「シロクマ」を食べに来たのだが、西鹿児島駅前で道を訊いたおじさんには、「今から天文館通行って、どうするの?飲むの?」と訊かれた。「僕らが天文館通行く時は、飲みに行く時だけだからねぇ。」と。
むじゃきっこ
さすが、鹿児島市内随一の繁華街だけの事はある。僕は、詳しい位置までは訊かなかったのだが、シロクマの本家本元、『天文館むじゃき』はすぐに分かった。と言うのも、表にデカイ白熊の人形が立っていたのである。因みに一応場所を説明しておくと、天文館通の駅から天文館通に入り、100m程進んだ右手にある。9時半閉店だったので、かなりギリギリの時間に入店となったが、中はかなりの混みよう。でも、一人分くらいの席はあったので、取りあえずノーマルなシロクマを注文した。 |
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僕は大の抹茶好きなので、本来なら白熊抹茶を注文するところだが、この店、あまり男が一人で入ってくつろぐ店でもない。だから、内心ちょっと焦っていて、それでうっかり、白熊抹茶があるのを見落としてしまったのだ。
少し待っていると、颯爽と白熊が運ばれてきた。期待を裏切らない大きさに、まずは喜んだ。さて、シロクマとは?…つまり、でっかいかき氷である。左の写真を見てくれれば分かる通り、大きめの鉢に、山盛りの氷。周りにはフルーツなどがあしらってあるというものである。
価格は、ノーマルな白熊が\680、抹茶など、味の付いているものであっても\730などと、普通の喫茶店の、普通の大きさのパフェか何かと変わらない価格。僕は一応、取材という『形で』これを食べたのだが、そんな形にしなくてもいい美味さだった。また、けっこうな量の夜食にはなってしまったが。
鹿児島市電を横目に |
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天文館むじゃきを出て、このまま、来た時と同じように市電に乗って、西鹿児島駅に帰ってもよかったのだが、時間にかなりの余裕があったので、一旦鹿児島駅まで歩いてから西鹿児島に向かう事にした。市電が走る通りは、交通量こそ多いものの、さすがに夜も更けているので暗く、一人で歩くのはあまり心地よいものではなかったが、鹿児島港や水族館などの側を通って行けたので、退屈はしなかった。それ以前に、まず、横を市電が数分間隔で走るのだから、退屈などはしようはずもないが。
鹿児島駅から西鹿児島駅までJRを使って戻り、例のどっしりとしたベンチで一休み。ドリームつばめが入線するのを待つ。辺りには、遅くまで開いている土産物屋で、賑やかに品物を選ぶ旅中の女性グループの姿などもあったが、殆どが仕事帰りと思われる人たち。ドリームつばめは、大切な鹿児島本線の『終電』と化しているのであろう。
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