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MAIHAMA DREAMIN'JOURNEY
〜夢の舞浜紀行〜
Merry Christmas '00!!!


 今回の旅を敢行する事になったきっかけは、この年の4月の時刻表に、ホテルサンルートが30周年記念の広告を出していて、その記事の中にあった、「無料宿泊券贈呈」というのに応募していたら、何と当選して、自らが希望していたサンルートホテルプラザ東京という、サンルートホテルが持つ多くのホテルの中でも2つしかない、リゾートホテルに泊まる事が出来るようになったという事である。

 普段はとても泊まれないような金額の部屋にも泊まれたし、このおかげで今まで乗った事のない多くの線区を乗車する事が出来、未成年JR完乗への道程に大きな一歩を踏み出したし、久し振りに碓氷峠は訪れたし、江ノ島の展望塔のクリスマスしかやらないライトアップも見られたし、非常に収穫の多い旅路であった。


0日目
大和上市19:39
近鉄吉野線
特急
さくらライナー
天王寺20:50
大 阪 散 策
大阪0:37
東海道本線
寝台特急
サンライズ出雲
(車中泊)
 旅は、さくらライナーから始まった。充分に余裕を持って家を出るという名目で、実は折角の旅の始まりだから、さくらライナーで火蓋を切りたいというのが本音であった。

 さて、大阪では難波や心斎橋で、本屋へ行ったりしながら出発時間を待ち、最後に駅前から梅田スカイビルの勇姿を見てから大阪駅11番線に向かう。この11番線は、長距離列車が数多く発着する、いわば旅の始まりを意味するホーム。
 折しも、これから乗るサンライズエクスプレスに先行する東京行き客車寝台特急「あさかぜ」が出発していく。ラウンジカーに新型車輌も連結したこの編成は、往事の寝台特急の魅力を今に伝える大切な存在である。

 僕が乗るのは、5分後発の新型寝台電車「サンライズエクスプレス」で運行される「サンライズ出雲・瀬戸」である。
1日目
熱海5:42
5:50
伊東線
伊東6:13
6:24
伊東線
熱海6:47
6:57
東海道本線
大船8:01
8:04
横須賀線
鎌倉8:11
8:24
江ノ島電鉄
江ノ島8:47
江 ノ 島 散 策
江ノ島9:47
江ノ島電鉄
藤沢9:57
10:03
東海道本線
快速アクティー
(215系)
茅ヶ崎10:09
10:27
相模線
橋本11:25
11:32
横浜線
八王子11:43
12:01
八高線
高麗川12:44
13:02
八高線
高崎14:29
14:42
信越本線
横川15:14
碓 氷 峠 散 策
横川17:20
JRバス
軽井沢17:54
18:24
長野新幹線
あさま556号
東京19:40
19:50
京葉快速
舞浜20:05
舞浜駅周辺散策
サンルートホテル
プラザ東京泊
 サンライズ出雲は、僕が初めて乗った寝台特急である。夜行列車としては、この年の夏にムーンライト九州に乗ってはいるが、京都から大阪までの区間だけであったし、座席列車の快速だから、全く違った趣なのであった。

 寝台はA寝台1人用個室を奮発。この列車に6室しかない一泊\13350の部屋だ。ドアは、部屋を出る時に4桁の暗証番号を入力しておき、帰ってきた時に再び同じ番号を入力すると開錠するというものである。この方式は、最近の個室寝台列車では主流となっている。因みにこのサンライズエクスプレスにはのびのびカーペット車という、指定席料金のみで利用できる寝台がある。高価だと思われがちな寝台特急のイメージを崩せるかも知れないという期待の下に作られた。
 室内は、A寝台ならではの大きなベッド、テレビ、机と、眠るにはもったいない設備である。また、この部屋は2階であり、窓から眺める景色はなかなかのもの。流れ去る夜景を列車の窓から眺めるのも、久し振りの事であるし、こんな深夜の寝静まった街の夜景は、勿論初めてだ。
 まずは車内探検に行き、続いてせっかく設備があるからとテレビを見る。さらに明け方まで次の日の予定の確認、また知り合いへの手紙書きなどに明け暮れた。ふと気付けば、もう5時である。
 とうとう一睡もせずに熱海駅に降り立つ。冬至から数日しか経たない日の朝、まだ辺りは真っ暗である。
 今日の行程は、伊東線から始めて、まずは江ノ電で江ノ島付近を観光し、茅ヶ崎から首都圏の西の端を相模線、八高線でずっと北上し、高崎から横川へ、丸山信号所にお久しぶりの挨拶をし、バスで軽井沢へ行ってから北陸新幹線で東京に戻り、舞浜で泊、という忙しないものである。
 伊豆急の列車に乗り込んで一路伊東へ。しかし、伊東に着いても、全く空が明ける様子はない。とにかく下車印をもらってから9分の待ち時間で引き返す。途中、網代の辺りでようやく辺りが見渡せるくらいには明るくなった。遠く、海を隔てて浮かぶ初島が非常に印象的であった。東海岸を走るので、朝焼けは格別のものがあった。
 伊東から、東海道本線に乗り換えて大船へ。この列車は、通勤時間帯に当たるため、非常な混雑ぶりで大変だった。
 鎌倉から江ノ電に乗り換え、江ノ島に着いたが、何せ観光時間は僅か1時間。海を見ながら島に上陸したが、本当にそれだけでとっとと引き返した。だから、銘菓である江ノ電もなかは買えなかったのだが、江ノ電サブレの方はきっちり買い込んだ。
 藤沢にて江ノ電を完乗、一旦茅ヶ崎まで東海道本線で行ってから、いよいよ北上を開始。相模線・八高線は共に、関東平野の谷口集落をつなぐ路線であり、北上していけば、右手には平野の田んぼ風景、左手には丹沢から秩父辺りの山々が眺められる路線である。
 高崎からいよいよ信越本線に乗り換え、横川に到着した。まずは峠の釜めし。駅前の売店で今も変わらないその味を味わった。
 次は、碓氷峠鉄道文化むらに行こうと思ったのに、もうこの時間では閉園の音楽が流れていた。あまり人気はなかったのが心配であった。
 仕方なくパンフレットだけをもらって、3年ぶりに丸山信号所に向かう。その道中、かなり大きなトラックが丸山に向けて走って行くのを見て、それで初めて、丸山が…というか碓氷峠の廃線跡が補修を受けて、トレッキングコースに生まれ変わろうとしている事を知った。上り線もカラクリートで舗装されている。しかし、それでも、レールも架線も剥がれていないのが嬉しかった。ここに再び鉄道が走る日は来るのだろうかと、何度来てみても思わずにはいられない。
 横川に戻って軽井沢まで代行バスで行く。このバスは線路跡に沿う国道ではなく、バイパスを通るので、車窓に遺構を見る事はできない。しかし、道は国道のように曲がりくねってはおらず、走りやすそうな道であった。地図で見ると分かるが、国道の九十九折りは走り屋の間では知らない者がいないというほど酷いものがある。
 軽井沢から新幹線の『あさま』に乗って、あっという間に東京に到着。さすがに早いが、碓氷峠をトンネルで抜けてしまう呆気なさが悲しかった。因みに高崎までは北陸新幹線専用線だが、高崎からは上越新幹線、さらに大宮からは東北新幹線の上を走る。
 さて、今夜のお宿はサンルートグループが誇るリゾートホテル、プラザ東京である。かなり良い部屋を無料宿泊できる事になり、この旅の白眉と言ってもよいところである。庭園もよく整備された、高級感あるホテルである。食事は、無料バスでイクスピアリに行って取った。部屋からは羽田に着陸する飛行機やお台場の観覧車など、東京湾の夜景が一望でき、かなり美しかった。
 手紙を書いたり風呂に入ったりしてから、夜半頃に眠った。
2日目
舞浜8:19
京葉線
新浦安8:22
8:34
京葉線・武蔵野線
快速
むさしのドリーム
府中本町10:01
10:06
南武線
立川10:17
10:37
青梅線
拝島10:53
10:57
五日市線
武蔵五日市11:17
11:28
五日市線
拝島11:57
11:58
青梅線
青梅12:16
12:32
青梅線
奥多摩13:07
13:21
青梅線
青梅14:01
14:08
青梅線
拝島14:26
14:34
八高線
八王子14:49
14:51
横浜線 快速
桜木町15:44
15:47
根岸線
大船16:14
16:21
湘南モノレール
湘南江の島16:35
江ノ電もなか to 扇屋
江ノ島16:59
江ノ島電鉄
鎌倉17:22
17:26
横須賀線
久里浜17:55
17:59
横須賀線
大船18:38
18:46
東海道本線
快速アクティー
(≠215系)
川崎19:09
19:20
南武線
尻手19:23
19:27
南武線
浜川崎19:34
19:52
南武線
尻手19:59
20:03
南武線
川崎20:06
20:11
東海道本線
新橋20:24
20:39
東海道本線
東京20:43
20:55
中央本線
新宿21:15
23:50
中央本線
急行
アルプス
車中泊
 朝食はバイキングである。これも無料であるから驚きだ。ホント、サンルートグループには感謝せねばなるまい。無料をいい事に、大皿に4皿ほどお代わりした。

 舞浜駅で、首都圏のJRが乗り放題であるフリーきっぷを購入し、関東一円のJRを乗りつぶす旅に出る。今日は武蔵野線で東京のベッドタウンをぐるっと廻り、五日市線や青梅線に乗って横浜線で南下、横須賀線と鶴見線を乗破する予定である。今日の行程は他に類を見ない複雑さである。何せ、予定通りに行けば乗り換えの回数は20回を軽く越えるのだ。短い路線を根気よく乗りつぶすのが今日の目的なので、あり得ない複雑さになってしまった。地図を見ない事には、僕の足跡を辿るのがかなり難しいかも知れない。
 旅は京葉線から始まった。とは言っても、この区間は中学の修学旅行で乗った事のある区間であり、新乗区間ではない。
 隣の新浦安でもう乗り換え。そこで、隣のホームの「次の列車案内」が「通過」となっている事に目を付けた。新浦安は快速も止まる駅であるから、通過と言う以上は特急しかあり得ない。次の快速「むさしのドリーム」を待つ間、ホームの端に行って、255系の房総ビューエクスプレスが来ないかと待っていたが、来たのは何と原色の583系。団体用なのだろうか、すぐに臨時列車の時刻表もチェックしたが、載っていなかった。しかし、原色の583系に出会えるとは思ってもおらず、これは嬉しかった。
 因みに583系とは、交直両用の寝台電車で、昼間は座席車、夜は寝台車として使用できるようになっている。昔は各地の幹線でエル特急に使用されてきたが、最近では廃止が相次ぎ、ましてや、クリーム色に濃青の帯が入った、原色のままの編成となると、かなり輌数が少なくなっているのだった。
 こうして快速「むさしのドリーム」に乗り換えたが、この列車、「快速」とは名ばかりで、京葉線内は快速なのだが、肝心の武蔵野線内では各停になってしまう。せっかく愛称名まで付いている快速なのだから、もうちょっと頑張ってもらいたい。
 武蔵野線は、西船橋、新松戸、国立と、一つの線内に三つものJRどうしの立体交差駅を持つ、珍しい路線である。線路は、スプロール現象…つまり、工場地や宅地、田畑が入り交じった地域の中を通る。この辺りは、東京のベッドタウンとして乱開発された為、このような現象が起こってしまったのだ。もう一つ、この辺りはドーナツ化現象の影響もはっきりしており、武蔵野線は、ちょうどドーナツのリングにあたる部分を周回している路線である。
 数多くのJR・私鉄と交わる割には、殆どが立体交差である為に互いに併走するシーンが見られず、あまり車窓でこれと言った面白さはない。約1時間半で終点、府中本町に着いた。
 ここからは南武線、青梅線を乗り継いで、武蔵五日市と奥多摩の乗破に向かう。青梅線から五日市線が分岐する拝島は、東京都の西の端に向かう列車のターミナルで、昨日乗った八高線もこの駅を通る。まずは五日市線。車窓には宅地と畑しか見えないような平凡な路線だったが、秋川や東秋留の辺りでは、弱い冬の陽に霞む街が恋しく、どこにでもあるような風景だったが、降りて歩いてみたくなった。また、終点の武蔵五日市駅の手前には立派なコンクリート製の上部アーチ橋があったのだけが印象的であった。
 続いて青梅線。この線は、途中の青梅の辺りから多摩川に沿って走るので、車窓にも変化があって面白い。
 しかし、終点の奥多摩で妙な事になった。どうやら、青梅線の途中で信号が故障し、折り返しの列車も出発できなくなったというのだ。10分待っても出発しない。しかし、この時点では、この予定の狂いが後々にまで波及するとは思ってもいなかった。乗っている人たちも、都会のど真ん中のような、無駄に時間に追われてあくせくした人はいなかったので、余計にそう思ったのかも知れない。
 しかし、15分も経たないうちに出発。軍畑などの駅名看板を見、多摩川の流れを追ううち、先程の遅れなどは一層どうでも良い事のように思えてきた。拝島で昨日乗ったばかりの八高線に乗り換え、八王子を通り、さらに横浜線に乗って横浜へ。この辺りはずっと眠っていたように思う。しかし、さすがに桜木町では、帆船の帆型のホテルと日本丸が見たくて降車した。
 根岸線は宅地の中を走り続けるが、意外に山の中であった。大船から根岸の辺りまでは早くから開業していたのに、なかなか全通しなかった訳も分かるような気がした。
 さて、ここまで来た時点で遅れの波及はかなりのものになっており、本来ならすぐに鶴見線に乗りに行くつもりが、もはやもう予定通りには行かない事が明白になってきた。そこで、予定を大きく変更した。
 湘南モノレールからは、美しい富士山が望めた。ちょうど夕陽が差していて、日本一の山は雪を被り、言い様も無い色に染まり、それはそれは素晴らしいものであった。僕は、まさか湘南モノレールから富士山を拝めるとは思っておらず、思わず我を忘れるほどであった。
 湘南江の島に着いて、和菓子司の扇屋さんに向かう。扇屋さんは、江ノ電もなかの製造・発売元。昨日は時間が無くて来られなかったので、今日出直したのだ。しかし、店に入ろうとすると「本日、江ノ電もなかは売り切れました」の看板が。そ、そんな!せっかく来たのに!
 諦めきれずに入ってみる。出てきたおかーさんに、何でも良いから江ノ電をモチーフにした物は無いかと訊いたが、意外にも返事は「江ノ電もなか、実はまだあるんだけど」だった。実は、最後に12個入りの大箱が一つだけ残ってしまったので、もういいだろうと売り切れの看板を出したとの事。ともかく、無事買えて嬉しかったので、買ってくれるなら小箱に分けようかと提案してくれたおかーさんを制して、大箱を奮発した。後日、これは高校に持って行って皆に振る舞ったが、中身の餡が柚や梅など珍しいものも多くて好評であった。
 さらに、江ノ電の車内からライトアップされた江ノ島の展望塔を眺めた。年に数日しかライトアップは行われない。昨日も行われてはいなかったが、ケガの功名で今日見る事が出来た。結果的には、青梅線の信号故障に礼を言わねばなるまい。
 一旦久里浜に行って、横須賀線を完乗してから鶴見線の乗破にかかる。しかし、今日は天皇誕生日…つまり祝日。よって、鶴見線の運行本数は、平日の半分以下にまで減らされていたのだ。我が愛用の大型時刻表であるJTB時刻表でも、休日の鶴見線ダイヤは載せていない。現在なら駅すぱあと等で調べられるが、当時はまだアナログ時代だったのでそんな物はなかった。つまり、全く調べる手段もなく、浜川崎まで行ったものの、そこからの乗り継ぎは最悪で、引き返すしかなかった。
 新橋で「ゆりかもめサブレ」を購入してから、東京経由で新宿へ。ここで山手線外回りを利用しなかったのには、勿論理由があった。ここでは述べないが、いずれ明らかになる事であろう。
 今夜のお宿は夜行急行の「アルプス」。中央本線経由で白馬まで走る。早朝にはゲレンデの前にいられるという列車で、まさか大糸線が乗りたいが為に乗車している鉄道ファンなどは稀で、乗客の殆どがスキー客若しくは終電を乗り過ごして甲府辺りの家まで帰るサラリーマンやOLなどだ。
 一度、グリーン車というものも体験したかったのだが、今回は既にサンライズエクスプレスでグリーン個室を奮発しているし、それに、僕にはどうも「豪華なもの」が合わない。生来の貧乏性であるから、質より量、安ければ安いほど良い、という考えの持ち主である。新宿から信濃大町まで、少々シートピッチは広くて坐り心地も良いだろうが、所詮イスである事に変わりはないグリーンに、4000円もの料金を払うくらいなら、もっと他に使い道があるだろうと考えるのが常であった。
3日目
信濃大町5:08
5:09
大糸線 快速
白馬5:37
6:01
大糸線
南小谷6:25
6:35
大糸線
糸魚川7:24
7:33
北陸本線
富山8:47
10:29
高山本線
高山12:35
13:08
高山本線
特急
ひだ10号
岐阜15:15
15:27
東海道本線
米原16:18
16:26
東海道本線
新快速
大阪17:44
18:05
大阪環状線内回り
関西本線・和歌山線
大和路快速
吉野口19:16
19:18
吉野線
急行
大和上市19:48
 早朝の白馬駅は、まだ闇の中であった。ホームや駅舎の中にはキャタピラの付いた除雪車も留置されていて、ああ、雪国に来たのだな、と実感できた。駅前には電光掲示板があって、八方尾根などの今の気象状況を流していた。どこも吹雪のようである。
 僕はスキーをした事が無いし、またしたいとも思わないが、それは決して食わず嫌いという訳ではない。僕は概して何にでも興味を持ちやすいから、あれだけの人々がのめり込んでいるスキーなどやらせれば、必ずハマるに違いない。しかしスキーをやるには相当な金が必要である上、やっていれば4日や5日はあっという間に過ぎてしまう。その分、鉄道趣味の方がどうしても疎かになってしまうだろう。それが嫌なのだ。

 南小谷からは非電化区間であり、ディーゼルカーに乗り換える。まだ外は真っ暗であるが、雪が降りしきっているのが分かる。
 大糸線は姫川の流れに沿って走っている。名は体を表すと言うが、この姫川は全く逆で、とんでもない暴れ川である。気性の激しい我が儘姫、という説もあるだろうが。
 糸魚川−富山間には、僕が全国でベスト10に入れたい車窓風景がある。親不知だ。
 ここは昔から北陸道の険所として知られ、名の由来は、親も子も互いの事を顧みている余裕が無い程通行が危険だからだという。ここには、複線のJR、一般国道8号線、それに北陸自動車道が走っているが、海岸沿いの僅かな平地には集落が密集している。そこでJRは長さ約5kmの親不知トンネルで、また北陸自動車道は豪快な海上回廊で、この険所を切り抜けている。今でこそ、冬の日本海の厳しさを、ガラス一枚隔てた向こう側に温かい車内で見ていられるが、ほんの二百年程前までは、通行すら決死行だったのである。

 富山でモーニングを食べ、地鉄 (富山地方鉄道の略称) の駅を見学し、高山本線の普通で高山を目指す。
 高山では、地酒の入った駅弁『酒蔵』を求めたが、完全予約制であった。残念。
 特急ひだ10号は、飛騨川を左に右に見ながら走っていく。途中には温泉地として名高い下呂もある。
 車中、高山の『三色朴葉ずし』を広げる。朴の葉の香りが立つのかと期待していたが、大した事はなかった。
 岐阜からは、この夏に青春18きっぷで何度も往復したコースである。しかし、夏と冬とでは、全く違った場所を走っているのかと錯覚する程、車窓風景が異なって見える。近江盆地も、緑鮮やかな夏の活気はなく、どこまでも春を待つ茶色の水田が広がっているだけであった。
 本来なら、この旅の中でのと鉄道の穴水−輪島間を乗破するつもりであったが、都合で行けなくなり、この翌日、日帰りで訪れる事になる。その紀行文については、惜別!のと鉄道七尾線廃止記念旅をご覧あれ。
 今回の旅において、鉄道による移動距離は2226.4km、完乗したのは伊東線、相模線、八高線、武蔵野線、青梅線、五日市線、横浜線、根岸線、大糸線、高山本線の10路線であった。因みに、中央本線は塩尻−みどり湖−岡谷間11.7kmを残して完乗お預けとなっている。
背景 : '00冬 青春18きっぷチラシ