|
その後国立の研究所では、旅客用の車体の建造や周辺構造物についても研究がなされ、ついに昭和52年4月、宮崎の日向市近郊に、紺碧の日向灘を臨む「宮崎実験線」が完成しました。当時は、まだ現在程強力な超電導磁石を作る技術が無く、車輌の安定性の観点からガイドウェイは「逆T字型」が採用されました。右図は逆T字型ガイドウェイを模式的に表したものです (車輌デザインはML-500型 (後述) をイメージしました)。ガイドウェイの底面には浮上用コイル、中央に立つ壁の両側に推進用コイルが取り付けられているので、推進力と制動力を車輌の重心近くに発生させる事が出来るからです。こうして実験を開始した宮崎実験線で、無人実験車ML-500 (MLは、Magnetically Levitated、磁気浮上式の略称) は、ついに昭和54年12月、これから先、同じく日本の超伝導リニア山梨実験線の試験車が出す記録に抜かれるまで、20年近くに亘って鉄道による世界最高速度となる517km/hを達成しました。 |
 |